日記 / 楽 に しがみつきたい

朝 せんべい
昼 排骨ラーメン
夜 だいこんひき肉とろとろ煮込み

大根を適当に切って、ひき肉と炒めて、しょうゆ入れて、砂糖入れて、酒入れて、ほんだし入れて、しょうがをすって、水入れて煮込んだやつ食べた。ひき肉は300グラム、大根は一本つかったので鍋いっぱいになった。全部食べた。うまかった。

夜はなるべく炭水化物を食べないようにしてる。太るから。逆に食べないようにすると、こんだけ食べても太らない。顔もむくまないし、おなかもでない。やっぱ、糖質が原因だったんだなと。

もうひとつ気付いたこと。炭水化物を食べないと、食後眠くならない。こんだけおなか一杯になっても眠気はほぼない。そういう意味だと昼も炭水化物とらないほうがいいんじゃないかと思った。



今日職場で上司が面倒な人を相手にしていて切れていた。「もう最悪、やってらんない」とかそんなこと言ってたんだけど、なんて平和な職場なんだろうと思った。この程度のことでこんなに沸騰するなんて。

僕は今の仕事を―自分のだけでなく周りの人がやっている仕事も含めて―見下してしまっている。良くないことだとは思うけど、前の職場の法人営業に比べたらレベルが低すぎる。

ぶっちゃけ今の上司の仕事レベルなら、前の職場でやっていたと自負している(ひいひい言いながら、上司先輩にボコされながらだけど)。こんな程度の仕事で結構な金をもらい、さらに解雇のリスクゼロなら、もう本当に素晴らしい仕事だなとは思う。

―そういう職場にしがみついて生きたい。そのために勉強しようね、はい。

日記 / おろかだから書いている


昼 弁当
夜 豚バラもやしねぎポン酢蒸し

日記を書くようになってから、「あー今日何があったかなー」と思い返すようになった。さらに書き続けていると、日々過ごす中で起こった出来事や、その出来事に相対して湧き起こった感情をその場で観察するようになった。

悪い行いや、悪感情を見逃さないようになった。ごまかさないようになった。たとえそれをここに書かなくても。そんなことがあったなと自覚し、その時どうすればよいか分からなかったとしても、そのこと自体を受け止めるようにはなった。と思う。多分。少なくとも書かないよりはそうしてる。

これは実際けっこうきつい行為であると思う。適当に受け流しながら生きたほうが楽だ、その時は。これの意味するところは、その時々に向き合わず消化不良の感情を溜めてしまうと、後々心身の不調を招くということ。

たぶん僕はそれを実感として分かっているから書くんだろうと思う。毎日生きてれば溜まってく感情のゲロを吐くために。本当は書かなくてすむのがよい。正しい行動を心がけ、正しい言葉を使い、思いやりをもって人と接すること。それが常にできれば汚いものも溜まらないしベストなのだけれども、どこかでそうしたくない自分もいて。

頭では分かっているけど、まだちゃんと分かっていないのだろう。だから毎日対症療法としてブログを書く。それが何の付加を生まないかもしれなくても。



群れたくない 染まりたくない

めちゃくちゃ中二病かつアスペくさいことを書くことになる。なぜなら僕が中二病でありアスペくさいからだ。(トートロジー)

昔から、何かの選択(割と大事めのやつ)をするに際して、友人関係を優先させることが苦手だった。いつも自分自身が「やりたいからやる、やりたくないからやらない」であって「仲の良いAくんがやるからやる、Aくんがいないならやらない」ではなかった。そこだけはブレていなかったと思う。逆にいうと合わせられなかった。

だから、学校の休み時間は割りと苦痛だった。外で遊ばず教室で一人でいたい。それか外で一人でいたい。心の奥底ではそう思うも、誰かと何かをしていないと「浮いてしまう」から、仕方なく付き合っていた。もちろん仲の良い友人もいたし、その友人たちとは今もつながってる。

でも、「つるむ」のが苦手だった。どこかのグループに「属す」ことにずっと違和感があった。あの小中学校独特の友人関係はなんだったのだろう。閉鎖的な空間で、ずっとこんな関係が続くのはいやだなあとどこかで思っていた。

今となってはそんなこともあったなという感じだ。年をとり、環境が変わっていくにつれ、人間関係はどんどん楽になっていった。ああ人間関係の選択肢ってこんなにあったんだって。

付き合う人や付き合い方のバリエーションがこんなにも増えるとは思っていなかった。濃密で閉鎖的な人間関係が是とされていたあの時から考えると、いつの間にか呪縛から解かれていたような。まあ仕事以外での話ではあるけれど。

そして気付いた。「群れて」いたり「つるんで」いたりする人は、社会に出てもメインストリームにいるなと。いやまあそらそうだよな。結局どこにいっても、そこが組織や集団―広く言えば人が集まる場所―である限り、だいたい覇権を握るのはスクールカースト上位陣にいた人達になる。

自由になったとはうまくいったもので、言い換えればつまはじきにされても誰も気に留めない環境にいるというだけのことだ。それでもまだ浮かないだけましだとは思う。

日記


昼 弁当
夜 しゅうまい エビチリマーボー

普通に仕事にいけた。えらい。なんかすっきりとした気分だった。大阪旅行が良い気分転換になったのだろう。現状は何も変わっていないのだけれども、こころのなかの雲が晴れてたようで、すがすがしい。ずっと同じ生活をしているとやっぱ老廃物がたまっていくんだろうな、精神的な。それは安心の副作用のような。たまには刺激がないと腐ってしまうのかもしれない。

さて、また代わり映えの無い一週間がはじまった。こつこつ頑張る生活がはじまった。頑張れないときもあるけど、頑張ろう。週末は金沢にいくのだし。それを見据えれば頑張れるかも。やっぱり楽しみな予定が飛び石にでもないと、日々の生活にメリハリが付かないのだろうと実感している。

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本格的に朝型生活にしようというたくらみがある。体力満タンで職場に行って仕事をするのは、今の僕にしたら明らかに損だ。朝5時とかに起きて、がっつり勉強した後に職場に行く。そうすることで、体力を一番使いたいところに間違いなく使える。加えて日中、今日はもうある程度勉強した―ある程度今日のノルマは達成した―ということで、プレッシャーを感じずに過ごせるいうメリットもありそうだ。

日記 大阪2

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朝 おいしいラーメン(道頓堀 神座) たこ焼き6個(道頓堀 大たこ)
昼 串かつ飲み放題バイキング(新今宮 大統領


昨夜はみつわ屋へ泊まる。一泊3500円。ゲストハウスでドミトリー型の寝るだけのとこだ。ただ、本当にサイト通りで清潔感があって安心して寝ることができた。外国人がほとんどで英語が飛び交ってたから緊張もしたけど。階段でちょっとこけたら、大丈夫か?みたいな意味の英語を話しかけられたけど、聞き取れなかったのでハローって返した。英語なー。日本語でもコミュ障なのに無理みが強い。

昼に会う予定だった人から体調不良でこれないと連絡があった。期待していたけど仕方ない。自分のことですらままならないことを考えると、人と予定を合わせて何かするというのはかなりすごいことだと思う。

まあそういうこともあるさと切り替え、@qamtpを誘ってho-ho-さん(@hohozakka)に行くことにした。もともと行こうと思っていた場所。僕がふくろう好きになったきっかけのメンフクロウがいるお店だ。

大正駅から歩いて5分くらい。道すがらはとてもいい天気だった。そういえば前来たときもこんな天気だったなと今思う。そして同じくちょうど昼下がりだったなあ。この辺は個人のお店もちょこちょこあって下町っぽさがあるけど、落ち着いていてなんかいい雰囲気。

ho-ho-さんへ。相変わらず店内は素敵な作家さんたちのセンスある商品で溢れていて、いい。いろいろ見ていると、店主さんがメンフクロウのほーちゃんを連れてきてくれた。最初は明らかに怖がってたけど、触れ合う中で最後はあたまをカキカキさせてくれた。あと、隙をみてあたまをめちゃくちゃにおった。ほんのり甘いにおいがした。可愛い。卓上カレンダーとPELLETマグカップを買った。

大正から新今宮へ。@qamtpから西成商店街と飛田新地を散歩しようと提案があって、それに乗ることにしたから。西成商店街は、自転車を飛ばすおっさんが多くてうかうか歩いてられない。普通に歩いているのに結構なスピードでつっこんできてチリンチリンと鳴らされる。そんなちょっとアレな人達がいる商店街には、やっぱりド大衆のお店が多くて、かなりディープな感じではあった。

パチンコ屋と見紛うほどの電飾をあしらったスーパー玉出を横目に商店街をズンズン進んでいくと、いきなり横道に飛田新地が現れる。Googleマップで見たように、めちゃくちゃ綺麗なお姉さんとおばさんがいて、お兄さん、と声を掛けられる。昼ですら危うく吸い寄せられてしまうような魅惑がある。夜になるともっときれいみ見えて、思わず入ってしまうらしい。

来た道を戻り、そのまま新世界へ。串かつを食う。「自分で揚げる!」の看板が目に飛び込んできた上記店に入った。一時間串と酒食べ飲み放題で2200円くらい。バイキング形式で自分で揚げる。



スーパー安くてスーパー満足。串かつのバリエーションが凄くて、定番の豚牛からバウムクーヘンまで。チョコレートフォンデュもあった。@qamtpが大量にヤングコーンとレンコンを取ってきたので、大量に食べた。二人でたぶん50本は食べたと思う。

食い終わったら@qamtpが「これから仕事に行ったほうがいいかもしれない」とか言い出した。さぼりまくってたけどやらないといけない仕事ができたらしい。本当は今日も仕事の予定だったけどさぼってたらしい。自由すぎる。

店を出て、動物園前まで歩いて解散。そのまままっすぐ鶴見まで帰った。新幹線を品川で降りて、京浜ですぐだ。やっぱり便利だな、ここは。

Diary (Osaka Trip2)

Breakfirst:Oishii Ramen(Ramen Kamukura), Takoyaki(Ootako)
Lunch:Kushikatsu buffet restaurant
Dinner

日記 大阪

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朝 チャーハン 味噌汁
昼 おにぎり 焼きそばパン
夜 一軒目焼き鳥 二軒目たこ焼き

大阪にいる@qamtpに会う。京急エアポート急行で30分足らずで羽田へついた。やっぱつるみは便利だな。

伊丹へ飛んで阪急で梅田へ。@qamtpと合流。相変わらずだった。向こうからしたら僕もそうだろうと思う。

梅田で店を探そうと歩くが土地勘がなく心斎橋へ。ぷらぷら話しながら歩いて、適当な焼鳥屋へ入った。

博多串焼き バッテンよかとぉ 心斎橋店
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270201/27084117/

豚バラ串がうまかった。いつものように他愛もない話をしたり、沈黙したりする。@qamtpとの会話は楽でいい。話しても話さなくても気まずくならないし、基本何話しても大丈夫だから。気を遣わせないのがいい。

二軒目はたこ焼き屋へ。

味穂
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270202/27003566/
なぜか話の流れでいくことになった。久しぶりだし良かったんだけど。最後に食べたのは銀だこだったので、ちょっと感動した。表面が柔らかいたこ焼き。生地に出汁が効いててあつあつでうまい。さらに出汁つゆに付けて食べるという贅沢をした。満足度高い。

その後はゲームバーへ。

geebee
https://game-bar.jp

初代ファミコンからPS4まですべて揃っていた。くつろぎながら遊んで1時間1000円。いい。バイオハザードと、スパ4と、パワプロをやった。パワプロは操作が下手過ぎて上記画像のように大敗してまった。僕がいつまでたっても操作に慣れないのが面白くて二人でめちゃくちゃ笑った。


大阪は―東京や横浜と比べるとこじんまりしてて静かだ―と思う。キタ、ミナミとか聞くと猥雑なイメージが浮かぶが、歌舞伎町をはじめとする繁華街と比べたらそれほどでもない。キャッチもしつこくないし。

繁華街から道路一本挟んだ通りは明かりも少なく、車の音もほとんどしない。もちろん人もいない。まだ0時前なのにだ。つるみですら夜中の2時まではうるさいのに。そう考えると関西のほうが意外と健全なのかもしれないな。わかんないけど。

日記


昼 弁当
夜 チャーハン 緑のたぬき

炭水化物をめちゃくちゃ摂取してしまったけどいいか。仕方ない。ご飯が余っていたから。米がまだまだたくさんあるんだけど、早くなくならないかなと思う。今ある米は実家から送られてきたもので、自分では一度も買ってない。なんなら誰かもらってほしい。無くても生きていけるし、必要性をそこまで感じない。外食なんか炭水化物の宝庫だし。

不要なものは―まあものに限らず情報や人間関係などもひっくるめて―腐るほどあるわけだけど、結局そんなものに囲まれて生きてると、関わりをもってしまう。逆にない環境なら全く関わりがなくなってしまうから、なんだかんだで環境に左右されるんだと思う。例えばテレビなんて実家を出てから数えるほどしか見ていないし。買ってないから。温泉のサウナくらいだな。

一方、自分が必要と思っているもので、実はいらないものってあると思うし、でもそういうものほどやめられないのかもしれない。ツイッターやブログなんかがたぶんそうだと思う。間違いなくなければないで、寂しいながらも過ごすのだろう。寂しさから新たな人間関係が生まれるかもしれない、きっと行動を起こすだろうから。僕にとってはそっちのほうが多分よい。でも結局ネットはやめられないなあ。ぬるま湯につかりながら10年くらいそんなことを思ってる。


Impermanencia

たまに全てがどうでもよくなる瞬間がある。その時、あらゆるものは無常だなあと再確認する。次の日になったらまた全て忘れて、あらゆることに拘泥してしまうのだけれど。

今日がまさにそんな日だった。インターネットで精力的に活動することに対して、まじこれ意味ねえしどうでもいいなとすごい思った。特に有名になりたいみたいな欲とか、自己顕示欲を満たすこととか。もう自分にはそんなの無いかなと思ってたけど、やっぱちょっとあることに気付いて、しょうもないなって思った。数年前あれだけツイ廃だったのに、興味が段々無くなってきてる。

もちろん活動の副産物として、そこで出来た人間関係はいいものだし、大切にしたいものだ。色々恩恵を受けているし、できることなら力になりたい人もいる。ただその大切にしたい人間関係でさえも、そのうち切れていく。何年来の付き合いだなあ、長いなあとお互い言い合っていても、いつか関係は切れてなくなる。

そう考えると、なんとも言えない虚しさが襲ってくる。でもそれに気付いて一旦受け入れてしまえば、「ああ、この虚しさが本来なんだな」となって落ち着く。

そんな無常の例として、一番分かりやすく、一番厳しいのが死だと思う。親だっていつか死ぬ。妻がいたって先に死ぬかもしれない。死だけは、全てのいのちに平等に訪れる。そしてそのタイミングは誰にもわからない。

普段無常に目を背けて生きているから、否応なく無常に直面せざるを得なくなった時、人は悲しみ、泣いたりするのではないか。無常こそが厳然たる事実なのに、それを忘れて生きている。いや、忘れて生きることができるから人間なのかもしれない。わかんないけど。


日記

朝 タルタルフィッシュバーガー
昼 弁当
夜 納豆 ささみカツレツ(カレー味) かぼちゃ素揚げ 味噌汁

かぼちゃ素揚げしたらおいしかった。甘くて。塩をかけて食べたらさらにうまい。

日記

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朝 歌舞伎あげ
昼 弁当
夜 肉豆腐 たまごサンド

いつも食べてるたまごサンド。ホットサンドメーカーで焼いている。


困るのでやめたくなる 解決できないから


僕が人を好きになるときってほぼ必ずこのステップを踏んで、あきらめる。あきらめて楽になりたいから。あきらめられれば恋愛しなくてすむ。恥をかかなくてすむ。どうすればいいかわからない、という困惑と焦燥から逃げられる。

その人のあらを探す。興味がないと思い込む。もっといい人がいると、もっといい出会いがあると思い込む。恋愛なんてしなくてもいいって思い込む。自分の気持ちと向き合うのをやめる。気持ちを押し込める。なかったことにする。

また平穏な日々が訪れる。そしてまた自意識をこじらせる日々がはじまる。

日記


昼 弁当
夜 じゃがりこ 肉豆腐 納豆 味噌汁

「友達いないんだね」を乗り越える
http://www.agiru64.com/entry/2017/04/23/224610
暗黒の人生にはなり得ない
http://www.agiru64.com/entry/2017/04/18/205100
昭和3年生まれの祖父の生涯
http://www.agiru64.com/entry/2017/02/20/235247
書くことで何かを終わらせる
http://www.gentosha.jp/articles/-/9687

いつものように仕事が暇なのでひたすらネットサーフィン。勉強せねばと思うもだるくて。今日のネットサーフィンの成果が上記。職場でこういう厭世的な文章を読むの最高だ。

今日、初めてチノパンとスニーカーで仕事に行った。めっちゃ楽。革靴とスーツがこんなにも疲れるものだったのかという。指摘されるまでもうこれでいいや。

日記


昼 スーラータンメン(揚州商人綱島店) たまごサンド はるさめスープ
夜 トマトリゾット かつおのたたき 納豆

朝8時に起きて湯けむりの庄(綱島)へ。9時オープンで半くらいに行ったがまあまあ混んでいた。かなり人気だな。

風呂に入ってサウナ入ってを繰り返して、疲れてきたら出た。大体1時間くらいか。風呂に入るのはこのくらいの時間があれば十分。逆に30分とかだと短い。だから銭湯はちょっと微妙かもなあ。休憩スペースもないし。

休憩スペースでテレビを見る。ピョンチャン五輪のスロープスタイル。アメリカの17歳が金メダルだった。ショーンホワイトの再来かな?ランディングがめちゃくちゃきれいで丁寧な滑りだった。空中姿勢も安定していて、余裕を感じさせる。技術だけじゃなくて芸術性も高くかっこよかった。

昔PS2のソフトでショーンパーマープロスノーボーダーというゲームがあって、それがそういうゲームだったから、ちょっと知っている。結構やりこんだ。当時は今ほどスノーボード競技がメジャーじゃなかったから、数年前から日本でも注目を浴びるようになってとても嬉しかったのを覚えてる。

1時間くらい休憩して、湯けむりの庄を出た。ユニクロへ。もう一本職場用のチノパンを買った。

歩いて綱島駅まで行く。風が強いが雲ひとつ無い快晴でとても気持ちよかった。空気も澄んでいていい。だから冬が好きだ。向かい風を受けながら大綱橋を渡る。視界が開けるいい景色だから気に入っている。

揚州商人へ。初めて訪問した。ちょうど昼時でかなり混んでいたが10分くらいで入れた。スーラータンメンを注文。とてもうまいな。酸っぱさも辛さも旨みも今まで食べたスーラータンメンの1.5倍くらい。汗が吹き出てむせまくる。必死になって食うのはうまい。

東急でつるみへ戻る。家に帰って少し勉強するも、眠気がすごかったので寝た。気がついたら19時前。今日これは寝れないパターンでは、と思いながら書いてる。

三連休、全体的に充実していたのでよかった。


死にそうになった夢をみて

また夢で疑似体験。

僕は寝ていた。僕が僕を見ていたという俯瞰視点で。とにかく息ができない。周りには誰もいない。声も出ず、体も動かず、助けを求めることもできない。ただ、寝床はきちんと整備されてるようで、独居ではないようだった。白髪のハゲだったので相当老いた未来の僕なのだろう。

苦しく、何もできずに、ああ、これで死ぬのかなと思った。これで人生が終わりか。なんか寂しいな。でもそんなんをじっくり味わう余裕もなく苦しい。この苦しみをなんとかしてほしいという思いが一番だった。死に直面してなおそれを受け入れられないのか。

と思ってたら目が覚めた。喘息の発作と鼻づまりで息ができなかったのだ。すぐに吸入をして口からの呼吸を出来るようにする。

人は割りと簡単に死ぬのかもなと思った。そして死には苦しみがあることも鮮明に感じた。そしたら途端に死が怖くなってきて、でも怖くなってもどうせ皆平等に来るものだから仕方ないなとも思ったりした。でもやっぱ怖いしいやだ。

普段死をリアルに意識していないんだなということに気がついた。死が苦しみを伴うもので怖いものだという疑似体験をしたから。結局全ての行為は死への恐怖を紛らわすためにあるんじゃないかとか思ったりした。






マン興福寺仏塔マン

先のことを考えると不安に襲われる。過去のことを考えると後悔と屈辱と恥辱にやられる。何も考えず今やるべきことを淡々とやるのが一番シンプルで良いのだと思う。でもそれが中々できなくて。癖なのだろう。傷口をいじくったり思い悩むのが。

アトピーを思い出す。掻いてしまう。痒いし癖になってるから。ガサガサになってる皮膚を取りたくなって掻く。汁が出る。もっとひどくなる。ステロイドを塗る。良くなる。ステロイドを減らす。痒くなる、掻く、ガサガサになる。

地獄だった。いつまでも抜け出せないと思っていた。でもなんとかなった。今は冬でも荒れずにすんでいる。20年越しで治したアトピー。失った青春。自意識過剰もあるかもしれないが、あの肌で異性にうんぬんは出来なかった。僕の繊細さでは。

皮膚も治ったんだし、メンタルもなんとか治るのだと思う。治ろう。悪癖にその都度気付いて。気付くことが一番大事だ。

たんか


凍える手でキーボードを叩く あの人を思いながら その思いを消化したくて

酒に酔いながら なんで酔いたかったんだっけ その理由すらどうでもよくなる

ブサイクでも許してよ 不器用な会話でも許してよ 奥底の純粋さを見てくれよ

他人に合わせて何が楽しい そう思いながら仮面かぶって迎合します

帰り道 室外機の風を浴びながら都会を感じる お、ねこちゃん君もだね


日記

2/10(土)

朝 忘れた
昼 トマトリゾット
夜 飲み

昼、髪を切りにいく。適当に短くと言って切ってもらった。まあいいだろうという感じ。僕の身なりの基準はよっぽどダサくなければいいかなという程度。だからもてないんだと思う。知ってる。この美容室で初めて担当の兄ちゃんを連続で指名してるんだけど、やっぱ楽だな。

夜は関内の南極料理人の店でオフ。初対面のフォロワー一人と2人知らない人。楽しかった。が、みんな僕より10個上とかだったので世代間ギャップが少なからずあって疲れた。合わないなと思ってからの息苦しさはやっぱ疲れるな。なんだろう、不思議な会ではあった。

わかめのしゃぶしゃぶが出てきてうまかった。うまいのは出汁のおかげだきっと。だしがしっかりきいていて、さらにわかめをつける度にわかめからも出汁が出るからさらにうまくなっていくという。

帰りに関内の地下道を通って帰った。ホームレスがたくさんいた。


2/11(日)

朝 たまごサンド
昼 かつやカツ丼
夜 さば缶 納豆 グリーンカレー 中華丼 もぎたて桃ストロング

昨日の疲れから10時に起床。飯食って勉強。飽きて川崎へ。この前いったエクセルシオールでまた勉強。飽きたからユニクロでズボンを買う。今の職場は服装ゆるいからズボンをチノパンにしてしまおうという作戦。スーツだとクリーニングで金かかるから。試着室のお姉ちゃんが可愛かった。いいけつしてた。

家に帰って酒を飲む。家で飲むのは久しぶりだ。でもそんなにいいものではないな、と後悔している今。

たんか


「何もわからなくなっちゃった」って言って死にたい

カラオケボックスの閉塞感と同調圧力と喧噪と空気のよどみから逃げて

ソープランドのたばこと石けんのまじったにおいが僕のこころを浮き足立たせる

今の場所に飽き足りて知らない土地にいってみるけど結局家へ帰ってくる

夕方5時に流れるメロディーをきき思う あの頃の方が毎日不安と罪悪感でいっぱいだった

あの人の何気ないしぐさから本当の気持ちが分かってしまい家で一人茫然とする

日記


昼 大盛りパスタ
夜 エッグバーグディッシュ300グラムライス大盛り(びっくりドンキー)

定時で上がって同僚とゲーセンへ。お昼すぎにチャットで誘われた。もちろんあの人もいて。

マリオカート、イニシャルD、太鼓の達人、エアホッケー、クレーンゲーム。いい大人4人が周りを気にせずめちゃくちゃに遊んだという感じ。

その中でもあの人が一番笑っていて、楽しんでいた。長く重い鎖のような恋愛から解放されたからか、もうずっと笑顔ではしゃぎまくっていた。その姿を見て少し悲しくなった。反動が彼女をそうさせているのだと思ったら。

みんな笑いつかれて腹が減って、びっくりドンキーへ。なんだかんだでこのグループでの付き合いも一年以上なので、会話が楽だ。いろいろ気にせず言っても笑いに転化するし。羽休めに勤めた今の職場で、こんないい人間関係ができるとは思っていなかった。

日記


昼 大盛りパスタ
夜 もつ煮 たまごサンド 牛肉にんにくの芽炒め

たんぱく質不足だと思ったので、肉を食った、卵を食った。元気になった。でも疲れが溜まってるので今日はもう休もう。講義動画見ようとしたらサーバー落ちてるし。休めということだろう、たぶん。

仕事中に、自分を見直していた。面接対策の為。去年の面接は「相手の立場になって考えることができる」を強みとして自己PRしていた。営業を一応やっていたから。しかし反応はいまいち。半分嘘で塗り固めたようなエピソードを話していたから。前職の失敗を美化して話す僕の様子は、固く、違和感満載だっただろう。

今日それが的外れだったと気付いた。物心ついたときからの経験を書き出してみたら、自分の強みは「一つのことを真面目にコツコツやっていくこと」だ。自分には華もくそもない、特筆すべき才能も飛び道具もない。ただ愚直に少しずつ歩みを進めることしかできない。そんな当たり前のことに気付いた。

結局、僕が自信を持って言えることはこれしかないのだ。武器として通用するのかは別として。このブログだってそうだ。しょうもない文章だけど、ほぼ毎日書いている。それでも数年前と比べれば、大分文章もましになっていると思う。

日記を書くことについて

一日の終わりに日記を書くと、頭が整理されたような感じがする。スッキリとした頭でふとんに入れるのでいい。

僕は昔から、ふとんにはいってから寝るまでの時間が長かった。短いときでも30分、長いと3時間とか。夜明けまで眠れないことも月に一回くらいある。しかし、去年の終わりから、ほぼ毎日日記を書き続けるようになってからは、だいぶ症状は緩和されてきた。最近はそこまで不眠に困ることもない。

ここまで考えながら書いて気付いた。日記を書くと、頭が整理されるだけではなく、リラックスできる。僕は日記を書くことで安心しているのだ。最近は、自分なりの文章の形ができてきて、それに言葉をはめるようにして書いている。だから書くことでなんとなく安心することができる。好きな音楽を聴きながら書くからなおさら。たぶん脳内物質が出てると思う、アルファ波とかそんなの。

だから、リラックスした気分でふとんに入れるのだろう。もはや、日記は義務感で書くものではなくて、一つの習慣となった。習慣というか、ルーティーンみたいなものか。書くことで自分の気持ちを整理したり、落ち着かせたりすることができる。言い換えると、書かないと気持ち悪いものになってしまった。でも依存とはちょっと違うと感じている。

***

最初は、溢れ出る自己顕示欲の受け皿でしかなかった。しかし、ブログにその役割をさせ続けていたら、上記の副次的利益を得ることとなった。人生もろもろに言えることっぽいけど、結局何が幸いするかわからないし、狙って上手くいくことってかなり難しいと思う。

特に僕は不器用だから、そんな感じで良さげなことをコツコツやっていくしかないなと感じている。その中で得たものを大切にしながら生きていければいい気がする。つまり行き当たりばったりでしか生きれない。でもそれは、縁を大切にしながら生きるということでもあって。


日記


昼 万世ラーメン
夜 八宝菜(白菜をかぶに替えてもやしを加えた) 納豆 ヨーグルト 牛丼の具

最近だるい。たんぱく質が足りないのかもしれない。つまり肉と魚。そういえば食べていない気がする。買って食べよう。安く済ませようとするだけが自炊じゃない。というか、金が多少かかってもいいから、健康になる食事をつくるべき。それが日々のパフォーマンスを向上させるものだと考えるなら、安いものだ。

非モテが人を好きになること

人を好きになってしまうと、僕みたいな非モテは困る、ということに気付いた。僕がどんなに相手のことが好きでも、僕自身に魅力もなければ、振り向かせる術もない。ただ好きでいつづけることしかできない。だからつらい。傷つきたくないから一歩踏み出せない。こういう思考を四半世紀近くしてきている。諸行無常といえど、非モテはその例外なのではと思えてしまうほどに、何も成長していない。

精神的な体力、と表現すればいいのか。メンタルがもたないから恋愛は向かないのかもしれない。めちゃくちゃ心をすり減らすのに、みんな恋愛とかよく出来るなと思う。それも学校や仕事に行きながら。

非モテを脱出するには、数打ちゃあたるで女性慣れをして試行回数を重ね、ヒットを量産し成功体験をするしかない、というのが割と通説っぽくなっている(気がする)。でも僕はバッターボックスに立とうとするだけでだめだ、果てしなく遠いバッターボックス。頑張ってたどり着いても見逃し三振で終わる。

空振りを見られるのが死ぬほど恥なんだ。くそほどこじらせてしまった。だからちんぽをしごいて不貞寝するか、風俗にいくしかない。こうしていない歴=年齢の素人童貞が出来上がる。社会的損失の完成だ。


日記


昼 弁当
夜 ビビンバ レトルトカレー 納豆 つな揚げ

なんか疲れている。だるい。スマホを忘れたので勉強がはかどらず予定が狂った。ままならない。ちんちん。





志望動機を練ろうと、採用パンフを見たら思い出したように疲れがどっときた。もう面接で苦労したくないな。筆記だけで採用にしてくれという気持ち。僕は営業をやらずにそこそこの身分と賃金がほしいだけなんだ。

日記

朝 歌舞伎あげ
昼 弁当
夜 酢豚 しゅうまい つなあげ

書くことなし。

フォロワーと会うことについて

世間では、インターネットの人と会うのは危険だとか言われる。僕もある意味ではそう思うし、初めて会う人とはやっぱり緊張する。警戒も人によってはしている。

が、怖い目にあったことは一度も無い。なぜか。ほとんどがツイッターの人で、会うまでにだいたい2年以上はやりとりしているから。人となりはいやでも分かる。もしかしたら、リアルの人よりも内面の情報は分かっているかもしれない。それくらいツイートには人の情報が多く含まれている。

その人のセンス、趣向、考え方、ニュアンスとか機微まで、「見た目以外のほぼ全ての情報」はツイートからリアルタイムに読み取れる。だから、会うことは僕にとっては答え合わせみたいなものだ。

***

「もめんちゃーん」

待ち合わせ場所でそう言われながらドンって肩を叩かれた。笑いながら。
僕も笑いながら相手の名前を呼んでしまった。
新たな情報は外見と声だけだ。

そこからはまるで昔からの友達のように一緒に飲んで、
共通の友達(フォロワー)の話をして、
悩みを聞いて、お互い頑張ろうねっていって別れた。



フォロワーを訪ねる旅

今月はフォロワーにたくさん会う。今週土曜は横浜でオフ。初めて会う人。猫の写真を取っている人ということだけしか情報がないからどんな人なのか興味がある。初期からのフォロワーだから5年以上の付き合い。

来週土日は大阪へ行脚。土曜は、と@qamtpと会う。彼が大阪に行ってからほとんど会っていないから久々だ。無職時代はよく遊んだ。同じ赤羽のガールズバーに3回くらい行った。

日曜もフォロワーと会う。数年ツイッターから消えていたと思ったのだけど気付いたら転生してフォローもされていた人。初期~中期の人だから4年くらいかな。初めて会う。僕の目指している身分に就いている人でもあるからいろいろと話も聞きたいなというのもある。

再来週の土日は金沢へ行く。「久しぶりに金沢行きたいな」とつぶやいたらおいでよ!といってくれたフォロワーがいたから。土曜の夜に飲む予定。日曜は和倉温泉でもいこうかな。この人も初期なので5年くらいの付き合いになるけど、会うのは初めてだ。

日記

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日記

あのひと

昨日の職場の飲み会で、あのひとが彼氏と別れたと知る。いや、前からそのことはなんとなく知っていたから、正確にはあのひとが僕がその事実を知ったことを知ったということだ。あのひとが別れたと公表したから。

あのひとが苦しむのを、あのひとが悲しむのを見ていられない。他人事に思えない。他人にあまり興味の無い僕が。あのひとは人前では意識して気丈に振舞っているということを知っているから。

あのひとの幸せな姿をそばでずっと見ていたいなと思う。それが僕の幸せなんだろうなと思うから。自分勝手で月並みすぎるのは承知のうえで、でも美化したくて。そのためだったら色々と頑張れてしまう気がする。

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特別可愛いわけじゃないし、背も低くて童顔でどちらかというと芋っぽい。おっぱいもそんなないし、エロくもない。でも愛想がよくてケラケラとよく笑って、人がいい。素直で心がきれいだ。あと顔が好き。見てると安心する。声もちょっと低めで落ち着く。疑いなく好きだと思える。

日記


昼 パスタ
夜 飲み

全裸で書いている。職場の飲み会だった。久しぶりにあんな笑った。表情筋が筋肉痛になりそう。色々と面白くて。

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いい男になろうと思った。善い人間になろうと思った。自分のために、大切にしたいと思う人のために。

書く気分でもないのでおわり

日記

朝 タルタルフィッシュバーガー(セブン)
昼 餃子ライス
夜 キムチチャーハン ゴーヤチャンプルー

前からずっといいなと思っている人がいて、やっぱ好きだなと思った。なんでだろう。ある時から他人とは思えなくなって、明らかに他人と比べて馴れ馴れしく接してしまう。相手がいろんな人から好かれるタイプだからかもしれないけど。

僕の職がしっかりとして、機が熟したらアプローチしてしまうだろうと思う。今も気持ちを抑えるので一杯いっぱいだからその前にいってしまうかもしれない。こんなに自分から行きたいなと思える人ははじめてかもしれない。

とか書いていたら割りと冷静になったので、どうなるか、どうするか分からない。当面これをエンジンにして頑張るか。

買ったもの
かぶ
牛すじ
もやし
かぼちゃ

日記

朝 せんべい
昼 弁当
夜 キムチチャーハン 牛肉にんにくの芽甘辛味噌炒め 納豆 ヨーグルト

通常通り過ぎた。最近セックスしたすぎるのでそろそろ一回風俗行ったほうがいいかもしれない。射精欲ではなくて肉体欲、人肌が恋しい。オナニーでは満たされない欲が積もってきた。

woman died from sex with dog

仕事中にこんな記事を読んだ。性癖をこじらせすぎるとやばいな。僕も性癖はあるけど風俗で満たされるレベルのものなのでまだ大丈夫だ。もし、こんな性癖が開発されてしまったら大変だ。あるいは、元々特殊な性癖を持っているのも難儀だと思う。それだけで性欲を発散することが難しくなってくる。

おちんちん

世間を軸に据えてみたら、僕は中途半端な存在だなと思う。新卒で入った会社を3年で辞めて無職を一年弱やったけど、無職にも耐えられず非正規をはじめた。無職も結局きつかった。だから仕事はしないといけない。でも、急に正規になってちゃんと仕事をすることも怖かったから非正規ということだ。

今は低い身分で低収入だが、責任はないので気楽だ。ならそれでいいじゃんと思うけど、世間体を意識してしまうとちゃんと働かないとなあと思う。世間を捨てきれない。ただ、そんなものにしがみついてもどうしようもないなあとも頭では分かっている。

世捨て人にもなれず、だからといって社会に順応することも難しく、なるべくしたくない。なので、適度な距離をとりながら生きている。それが今の中途半端さだ。だが、世間体をちゃんとさせたいという気持ちもある。面倒くさい質だなと自分でも思う。

こうなったのは僕自身の性質もあるだろう。元々はたぶん社会に向いてない方の人間だと思う。しかし、いかんせん真面目なため、僕はこれまでの社会生活において、順応に巨大なリソースを割いてきた。その結果、訓練された社会性を身につけ、社会でなんとかやっていくようにはなれた。短期的には。

新卒で働き始めて、初めて「常時」社会と接することになる。すると次第に、訓練された(と思っていた)社会性はメッキのようなものであることに気づいた。自分が頑張って身につけたと思っていたものは、取って付けたようなものに過ぎなかった。

時間が経つにつれメッキが剥がれてく。どうしようもない自分が露わになる。周りもそれに気づき始める。メッキが剥がれた自分自身を直視し、周りと比較し、周りは自分ほど労力を使わず順応していることに気がついた。

仕事を辞めて無職になった。気分爽快、最高だ、無職。が、そう思ったのも最初の数ヶ月。そこからは自尊心が削られていく毎日。税金が搾り取られ、金銭的にも疲弊していく。世間からどんどんずれていく怖さもあった。時間が経つにつれ大きくなる気分の波もつらい。

結局、無職も続けられなかった。自分は社会をばっさり切り捨てることもできなかった。かといって社会にうまく順応することもできないことは分かっている。ここでようやく、自分が中途半端な存在であるということに気づいた。普通ではなく、普通より下位の中途半端な存在であるということに。

日記

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朝 ヨーグルト 納豆 みそ汁
昼 弁当
夜 ハンバーグ ツナサンド たまごサンド 納豆 キムチチャーハン

仕事が暇だったので今日も職場のパソコンでネットサーフィンをしていた。たぶんいろんな人にばれているけど気にしない。最近は開き直ってふてぶてしく振舞っている。よく言えば堂々と。この職場で失うものはないから萎縮する必要はないし。

ツイッターを見ていたら、発達障害を疑った人が知能試験を受けていたらしく、その結果が来たということで公開していた。知能的には平均より高いが、ばらつきが大きいから社会生活でいろいろと支障があるみたいだ。

自分も受けてみる価値はあるなと思った。知能における自分の強み・弱み・傾向などが分かって、職業を選択する上で重要なファクターになるかもしれないと思ったから。調べていると、WAIS-Ⅲという大人用の知能試験らしい。

結局仕事は適性に応じて決めるのが、自分にとっても、社会厚生にとっても良いと思うようになった。やりたい仕事でも向いていなければ必要以上に苦労するだろう。対して、向いている仕事なら割と簡単に要求されるレベルまで到達するだろう。それなら自分は仕事を簡単にできるし、その自分の仕事で人の役に立てる。こういうのが資本主義における分業の利益でもあるし、それが望ましいあり方だと思う。

日記

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昼 弁当
夜 さば納豆 ハンバーグ ニラレバ炒め(ニラの代わりにチンゲンサイ)

サバ缶と納豆混ぜたら美味いという情報をフォロワーから得ていたのでやった。うまい。加えて、牛ひき肉が半額だったのでハンバーグ。加えて、ニラレバ。満足なご飯。夜は糖を取らないことにした。太ってきたから。

写真は昨日よこはま駅の近くでとったもの。ヨコハマっていうと洒落たイメージがある。僕もこっちに越してくるまではそういうイメージがあった。

でもそれはヨコハマのほんの一部だ。具体的には、桜木町と石川町らへん。横浜駅周辺は汚いし大して見るとこもない。店舗の乱立でおしまいという感じ。

関内なんかはいかがわしい雰囲気プンプンだし、お水の店がたくさんある。異国の臭い(×欧米系 ○アジア・中東・中南米系)もする。つるみだってそうだ。つるみはほぼ川崎でもあるし、川崎っていえば横浜以上にそういう地域だしなあ。沿岸地域はやっぱりこうなるのかな。

「濃い」なあと思う。文化的な多様性からか、日々ピリッとした緊張を感じている。埼玉にいたときにはほとんど感じない類のもの。ほのぼの、まったりという雰囲気はない。でもこれはこれで悪くないとは思う。



子どもを生むということ


生物の遺伝の勉強をしていて思った。僕はこれまで生きづらかった。体的な面でもそれ以外の面でも。アトピー喘息アレルギー、アスペ気味コミュ障非社交的ネガティブ思考などなど。それでもなお、子供を生むのか。

(いない歴=年齢の僕は、まずは生めるかどうかから考えるべきだがそこは棚に上げて都合良く書いていく。そうしたいから。)

さらにいってしまうと、社会自体がどんどん生きづらくなっていく。少子高齢化、財政赤字、労働の代替、他国からの労働力流入、競争の激化。その中で、自分の遺伝子を分けた子供が生きていけるのか。そこは僕が考える範疇ではないかもしれないけど、容易に予想できてしまう。僕よりも確実に苦労するだろうなと。低く見積もっても、僕と同じくらいは大変そう。

そんなことを考えたら、子どもを生むことについてネガティブな気持ちにならざるを得ない。反出生主義という考えも実はあって、まあ究極的にリアリストになればこうなるのかなという感じはするので、うなずいてしまうところもある。

そもそも生命の連鎖については、深く考えてはいけないような気がするし、そういう考え方もある。とりあえず生めと。団塊の人達はそんな感じな気がするな。これもかなり説得力がある。なぜなら生むことについて理性を以って突き詰めて考えれば、ほぼ必然的に上段の考え方になってしまうから。みんながそうなってしまえば人間は縮小して滅びる。種の生存に反する考え方だ。となると、とりあえず生めは正しいようにも思えてくる。

まあこういうのはもっと色々勉強してから考えるべきなのだろうな。考える材料が足りなくてこの程度しか思い浮かばなかった。というか彼女ができたこともないし、結婚できるかもわからないし、子どもができるかもわからない。だから今考える必要はないなという感じで逃げておく。

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上記の夢を去年見て、生命の神秘を疑似体験したような気はした。自分の遺伝子を分けた生命に立ち会えるということ。これから生活をともにするということ。成長を見守るということ。そういうことを想像したらとても不思議な気分になったのを覚えている。初めて抱いた感情だった。こんな胸くそエピソードにも関わらず。

その時に書いた記事(悪夢)

日記

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綱島駅周辺

朝 ハンバーグ キムチチャーハン
昼 ツナサンド
夜 家系ラーメン

朝起きて勉強してから、綱島湯けむりの庄へ。今日は寒かったので、さすがにバスを使った。バスのにおいが苦手だからずっと口呼吸をしていた。

温泉はいつも通り良かった。疲れていたのか、休憩スペースで二時間くらい昼寝をしてしまう。さっさと帰って勉強する予定だったのに、温泉を出たら4時過ぎ。計画が狂ってしまった。ままならない。

温泉から歩いて綱島駅へ。もう今日は適当に過ごそうと思い、駅周辺を散歩した。綱島駅の雰囲気は好きだ。ごちゃっとしていてちょっと怪しいにおいがする。猥雑さ。狭い土地に儲かる飲食店をかき集めた資本主義の下品さがある。でもほどよく下町っぽい感じもする。

東急で横浜へ。久しぶりに横浜も散歩。家系本店の吉村家に行こうかなと思ったけど、やっぱりいつものように並んでいた。それを見ていたら腹がラーメンになってしまったので、はす向かいのラーメン屋で家系を食う。

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ビジュアル的にはなかなか魅力的なんだけど、味はいまいちだった。角煮と家系は合わない。大丈夫かなこの店。僕みたいな客でぎりぎりもってるんじゃないか。後悔した。

スーパーに寄って家に帰る。クローゼットの片づけをする。久しぶりにエアコンをつけたら直っていた(この前まで風しか出なかった)。今こうしてブログを書く。

日記

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朝 ツナサンド みそ汁 ヨーグルト
昼 キムチチャーハン 納豆
夜 飲み

大学のサークルの先輩とのみ。みんな今年中に結婚するそう。まあもう30だしなあ。結婚する人はするよなという感じ。みなおとなしい系でよいパパになりそう系男子≒非モテ系男子。

僕が付き合う人はやっぱこういう人が多い。オタクっぽいんだけどオタク趣味はそこまでないみたいな。似たような人。はっきり違うと言える点は、みな健全というところか。僕みたいにどっぷりインターネットとかしてなさそう。

写真は飲み屋から取った。なぜか50階の飲み屋で飲んでいた。変わり者の集まりなのでお店も変わっている。50階だけどレストランではなくて、居酒屋。この景色が見れる居酒屋とかとてもレアだと思う。

エネルギーを散らさない

ツイッターで最近気をつけていることがある。極力リツイートをしないこと。リツイートをすると、その話題に吸い寄せられてしまうような感じがする。別にリツイート自体は、だれがやっても大して変わらない。関心があるのはその内容であって、だれがやったかはあまり意味がない。だからリツイート自体あまり意味の無い行為なのではないかという気がして。リツイートで回ってきたものを見るだけで十分だし。そもそも弱小アカウントなのだから、リツイートするのとしないのとで、何かが変わるわけでもない。

リツイート自体がなんか姑息な行為であるような気もしてきた。特にバズってるやつをリツイートする時の気持ちを考えたら。なんかすごい核心をついたツイートが回ってきた、これはすごい、とりあえずリツイートしよう。そんな感じでバズってるツイートの価値にただ乗りしているような気がする。それでなんとなく勢いづいて自分の意見をちょっと言ったりするけど、そんなものには誰も見向きはしなくて。

ツイッターは刺激が多いので飛びつきたくはなる。でも飛びついたところで、つかの間の興奮と、見せかけの優越しか感じない。そんな感情の動きの後にのこるのは疲労と後味の悪さ。スナック菓子を食べ過ぎたときのような。

結局僕の今までの使い方だと、ツイッターはエネルギーを散らし、孤独感を解消する効果しか生まない。体力気力の浪費と引き換えに孤独感を和らげているような。インターネット依存症の典型。ちょっとずつ使い方を変えていきたい。

日記

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朝 たまごサンド
昼 普通盛りパスタ
夜 綱揚げ チンゲンサイと肉団子中華スープ

チンゲンサイのスープがおいしかったので満足。にんにくたっぷり使ってチンゲンサイとたまねぎを炒める。オリーブオイルで。そこにお湯をいれる。鶏がらスープのもと、創味シャンタン、鷹のつめ、豆板醤、ほんだしを入れて煮る。豚挽き肉の肉団子も入れる。うまい。具沢山スープは満足感があるからいいな。

http://www.continue-is-power.com/entry/2018/01/25/200000#QhnSdqt.twitter_responsive

仕事中にこの記事を読んで、そうだよなあと思った。

はっきり言って、現在転落していない人というのは、今はまだ・運良く・かろうじて・転落していないだけに過ぎない。「人生は紙一重」と同様に「明日は我が身」という言葉もまた真理だと思うし、誰にとっても人生はトゥモロー・ネバー・ノウズである。(引用)


そうだよなあと思った(二回目)。全てを自己責任で片付けることなんて、勝者のやることだ。自己責任論は勝者のポジショントーク。資本主義は常に競争。どこに行っても競争。だから敗者が出ることは必至なのに、自己責任論はそこを考えていないなと思う。

まあこういうことを考えるのにハマってしまうと、けっこう落ち込んだりして涙が出てきたりするのでやめとこう。一つ言いたいのは、どことなく流れている、勝者だけが正義みたいな風潮はよくないなということ。勝ち続けることのできる一部を除いた大多数が苦しくなるだけだから。それならもう少しフラットな方へシフトしていくのがよいと思う。

日記

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朝 タルタルフィッシュバーガー
昼 パスタ(普通盛り)
夜 ツナサンド 豚肉たまねぎきくらげもやし炒め(簡単なやつ) 納豆 インスタントみそ汁

今度は耳が一日中いたい。なんでだろう。耳が痛くて背中の痛みを忘れる。これもたまにあるやつだ。奥歯をかみ締める癖があるからそれかもしれないし、違うかもしれない。寒かったからかもしれないし、寝てるときに耳が押しつぶされてたからかもしれない。早く治ってほしい。

毎日似たような生活をしているから出来事に変わり映えはない。ただ思ったことは今日もあって。日本人だからといって、日本に住んで働く必要はないんじゃないかということ。自分が日本人だということに縛られすぎている。日本という国土に、日本語という言語に、日本文化に。

いやもちろん英語はできないし、英語圏の文化や生活様式になじめるかといったら、それは望み薄だろうと思う。でも、たまたま日本で日本人として生まれただけで、日本にこだわる必要はないなと思った。自分がやってけるかどうかは別として、そういう生き方も選択肢としてはあるんだなという意味。

なんでこんなことを思ったかというと、ある人のツイートを見て、海外で生活している人を思い出したから。その人はインターネットの人で会ったこともないから真偽は分からない。東南アジアの国に住みながら、日本の市場で商いをしている。最初はほえーとしか思わなかったけど、今日はすごい合理的だなと思った。

居住地と仕事場は必ずしも一緒にすることはないという考え方。住むにはここがいいな、安くて環境がいいし、儲かる市場はここだな、盛り上がってるし。というような感じで、生活に関する要素をいいとこ取りできる時代がやってくるのかもしれない。インターネットが発達することによって、あらゆるものが可分になり、アウトソーシングできるようになっていく。

まあそんなことを考えても現状は何も変わらないので、今やることをやるだけなんだけど。

日記


朝 たまごサンド つなサンド
昼 かきあげ蕎麦(セブンイレブン)
夜 酢豚 つなサンド 納豆 ヨーグルト インスタント麺の麺

朝起きて背中がめちゃくちゃ痛いことに気付く。つった。布団から一旦出るも、痛みに耐えられず横になる。いてえ、めっちゃいてえ。動けない、というか動くといたい。呼吸すら痛い。

なんとか服を着て飯も食って外へ。寒いと痛みが増す。遅れていたので急がねばと思うけど、走ると激痛が走る。革靴だから着足時の振動もあいまって無理、走るのは。

職場について仕事をするも、痛い。トイレに行くときや階段を下りるとき、うずくまってしまうこともあった。なんでこんなことに、何が悪かったんだ、いつまで続くんだ。

昼過ぎにネットで調べてみた。背中がつってる状態であるのは合っていて、ただ、ぎっくり背中とも書いてあった。原因は姿勢の悪さとかカルシウムを初めとする栄養不足とからしい。あとデスクワークだとなりやすいとか。治すには、やっぱりストレッチらしい。あとちゃんと食うこと。

今日も仕事はほぼなかったし、パソコンは不調なので、折を見ては筋を伸ばした。もちろん伸ばすのは痛い。痛いけど伸ばさないとよくならない。つらい。つらかった。

夕方、一向に良くならなかったので、湿布かって帰ろうと近くの薬局を調べた。実は前も同じようなことになって、湿布を貼ったら大分良くなったから。お金はもったいないけどもう薬に頼るしかない、痛くてつらいから。

ボルタレンテープは処方箋なしでも買えること、薬局は近くに6件はあること、その他もろもろの情報を調べていたら、なんとなく楽になってきた。はーやっぱ病は気からという部分はあるのかなーとか思った。まずは安心したかったのかもしれない。

今考えたら、朝激痛で動けなくなったのは、少し怖かったのだと思う。一人だと誰も気付いてくれる人はいないし、ましてや気遣ってくれる人なんているはずがない。そうなったときに、慌てふためいた末に途方にくれる。寂しくて暗い気持ちになる。そんな感じで最悪死ぬかもしれないのは怖いなと。よくよく考えたらそうだ。

まあ今は大体治ったのでちんぽしごいて寝よう。

日記

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朝 ツナサンド
昼 大盛りパスタ
夜 牛肉にんにくの芽炒め キムチ 納豆 ヨーグルト

特に何も無かった。職場のパソコンが昨日から不調で、ほとんど仕事ができないくらい。まあそんなにやる仕事もないから問題ないんだけど。やることがなくてだれてると、逆に疲れてしまうな。

なんもなかったから、書くこともない。毎日似たようなことの繰り返しなら、日記を書く必要はないのかもなと思った。自分で読んでても面白くないし。

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日々の出来事としてはほとんど同じかもしれない。ただ、思ったり考えたりすることは変わっていくなとは思う。

公務員になれば万々歳だと能天気だった去年から、実際に現場を見るとそうでもないなと思ったり。一人暮らしは自由で楽しいし、僕には向いてるんだけど、長くは続けられないなと思ったり。

あと有料のエロサイトはやっぱ質が良くて、顧客のニーズが分かってるなと気付いたりする。あらゆるものはトレードオフだね。たぶん。

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書いてて思ったけど、生きていくにつれ、あらゆる人や物に対する理想や憧れがどんどん無くなってきてる。現実が見えてくるから。現実を覆っていた、きれいなメッキがぼろぼろ剥がれていくような。

今までの自分は、そういう理想や憧れを燃料にして突き進んでいた。理想の職に就けたら誇らしいものなのか、セックスしたら気持ちいいのか、自分は変われるのか、みたいな。そういう未来を想像をしてやる気を出していた。

だから最近はモチベーションがあまりない。にんじんをぶらさげて頑張るみたいな方法では頑張れなくなってきてる。だから、生き方そのものを変える必要がある気がしている。

日記


朝 ヨーグルト たまごサンド ツナサンド
昼 弁当
夜 居酒屋 味噌ラーメン(インスタント)

見てのとおり雪。いろいろ予定が狂った。帰りは45分早く帰ったけど、それでも新橋は人で溢れていて。




すし詰めになるくらいだったら、酒でも飲んでようと思ってニュー新橋ビルの居酒屋へ。




八海山2合、揚げだし豆腐、マグロ山かけ、明太ポテトサラダを食べた。大分よった。客は僕と男2人組。どうやら若いガールズバー経営者らしかった。仕事の話をしていたが、途中から自分の親分の自慢話に。聞いててまあまあ面白かった。




そんな話を聞きながら新橋のホテルを探していた。もう酒によって帰るのが面倒になっていたから。一件電話してみたが、2万の部屋しか空いていないとのこと。さすがにそれはきつい。

ツイッターで電車情報を見ていたら、横須賀線はけっこう空いているらしいとのこと。これに賭けようと思い、会計して横須賀線へ。

たしかに混んではいなかったが、普段乗りなれていない+酒に酔ったからか、西大井で吐きそうになって下車。ホームで、雪によってきれいになったつめたい空気を吸う。はー新鮮だな。刺すようなつめたさ、でも鼻を通る冷気は気持ちよい。だから僕は冬が好きだ。




吐き気はおさまったので、そのまま横須賀線で横浜までいって、京浜とんぼ帰りでつるみへ。めちゃくちゃ雪が積もっていた。やっぱり普段と景色が違うとテンションがあがってしまうな。クソ寒いことにはなんら変わりはないんだけど。

日記

朝 たまごサンド 納豆 ヨーグルト キムチ

夜 味噌ラーメン チョコ ヨーグルト

今日はいろいろやったので書くのが面倒だな。綱島の湯けむりの庄へ。前に行ったときはバスに乗ったんだけど、僕はバスが嫌いでいろいろと無理だったので今日は歩いていくことにした。天気もよかったし。

新しいビットマップ イメージ

とはいっても、歩いていくような距離ではなくて。さらに、

新しいビットマップ イメージ

けっこうアップダウンも激しかった。寺尾・獅子ヶ谷あたりが特に。鶴見には山側と海側があって、まあアップダウン激しいのは山側なんだけど、山側と呼ばれる理由がわかった。だって山登ってるみたいだもん。

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こんなんがけっこうあって、中々楽しい道だった。そして不思議なのは、こんな傾斜がすごい高台の土地なのに、住宅地だということ(一枚目の写真を見てもらえればわかる)。なぜだろう。住宅地なので落ち着いてはいるんだけど、どこか異様な感じがした。

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そして面白いのは、勾配が急な住宅地の中に、小さな商店や工務店など個人店がぽつぽつとあるところ。もちろんちょっと下れば国道に出れて大型店もある。だけどこういう店も生き残っているのが山側の経済圏なのかと。理容店や塾、喫茶店まであった。

僕はつるみに越してきてから今まで、海側しか知らなかったので、つるみの経済圏といったら海側が中心で、山側の人も海側まで出てきているのかと思っていた。でも今回の散策でそれは違っているということに気付いた。海側・山側というのは単なる地域的な区分だけではなくて、経済圏の区分でもあったのだということに。

そんなことを歩きながら考えていた。1時間以上あるいてようやく湯けむりの庄へ。でかい風呂に入ってゆっくりした。やっぱり風呂に入らないとだめだなと思う。人間はずっと重力に逆らいながら、体を骨と筋肉で支えて生きている。それが湯船に浸かっているときだけは解放されるのだ。やっぱりそういう時間は必要なのだなと思う。寝るだけでは不十分で風呂に入らないと疲れはとれない。なるべく湯船につかろう。

日記

朝 ヨーグルト たまごサンド ツナサンド 歌舞伎揚げ
昼 味噌オロチョンラーメン(赤レンガ) 歌舞伎揚げ
夜 ハンバーグ 納豆

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行きたかったオロチョンラーメンへ。味噌オロチョンラーメンを注文。ラーメンブームの今、味噌ラーメンはほんとんど注目を浴びていないように思う。おそらく、ほかと違いが出にくいし、味噌ラーメン自体の人気もそれほどないからだろう。だが、ここの味噌ラーメンは、そういう期待の低さを凌駕してきた。あ、めっちゃうまい。それでもって親しみの持てる味だ。素直にそう思った。働いている店長、おばさんもなんか生き生きしてて店に活気がある。無愛想な僕が申し訳なくなるくらいに。

320x320_square_63951318.jpg(引用)

夕方は、近くの銭湯へ行った。うしお田湯。そういえば、僕は初めて銭湯に行った。それに気付いたのが番頭だ。おばさんがムスッとした顔で座っていて、すごい話しかけづらかった。あの、お会計は~と言って初めて対応してくれた。470円。まあ、470円なら仕方ない。十分に安いし。風呂は清潔感のあるとこだった。お湯は熱め。僕なんかはぬるいのはやだからちょうどいいな。

ダウンロード (1)(引用)

ダウンロード(引用)

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番頭のおばさんと接して思ったのは、僕も似たようなことをしているなと。今は非正規で、賃金も低いから、かなり割り切って働いている。サービス精神なんかほとんどなくて、言われたことしかやっていない。ほんとはもっと問い合わせ対応とかやればできるだろうし、まあやるべきなんだろうけど、やらない。賃金以上の働きはしたくないから自制している。

そんなことを思ったから、番頭のおばさんに怒りは湧かなかった。客単価470円でいい賃金のはずがない。だからまあ仕方ないよなと思う。これが1000円超えるスーパー銭湯のフロントだったら別だけど。

左手

僕はもともと左利きだった。幼稚園のころ直された。だから左右盲なのだと思う。左右盲とは、右か左かの判断を求められる場面で、どっちがどっちか分からなくなってしまう現象だ。たとえば僕なんかは、運転していて、「そこ右ね」と言われても間違えて左にハンドルを切ってしまうことがある。特に直前に言われるとパニクって「どっち!?!?」「いやだから右!」「だからどっち!!(半ギレ)」みたいなやり取りをしてしまう。

西と東も考えないとよく分からない時がある。アメリカ西海岸とか言われると、どっちだ??ってなる。地理とか世界史の授業のときにけっこう困った記憶がある。よく考えないと分からない。

結局方位に関する相対的な概念がよく分からないのだ。なぜなら、「利き手」という絶対的な基準を失ってしまったから。普通の人は、「お箸を持つ手が右手で、お茶碗を持つ手が左手だよ~」って教えられてしっくりきたと思う。でも当時の僕にはまったく分からなかった。今でも間違えて茶碗を右に置いてしまうこともあるし。

なんかそんなことをちょっと前に思い出したので、左手を使ってみようと思い立った。なんとなく、自分を取り戻せるんじゃないかと思ったから。左手でマウスを使うようにしたら、3日くらいで慣れた。左手で文字を書く練習をしたら、割とすぐに中学生が書くような字は書けるようになった。

そして、また左右がよく分からなくなった気がする。

日記

朝 ホットドッグ(セブン)
昼 ワッパーセット(ワッパー+ポテト+コーラ バーガーキング)
夜 肉じゃが(肉無し) 歌舞伎上げ4枚 かつおのたたき たまごサンド

あーという感じ。なんで僕は今こんなことをやっているんだろうと思った。僕は世間でいう人並みの社会的身分を得て、楽な仕事をして適当に過ごしたい。それがベースで、余裕があれば他人のためになるような何かをしたい。

基本的には怠惰だ。何もやりたくない。でも社会とは交わっていたい。無職だと、親をはじめとする社会の目が厳しいと感じてしまうし、暇だとどんどんだめ人間になってしまうから。だからといって、社会で真面目に生きる気はまったくない。さしづめ、ずっと窓際のポストでのうのうと給料をもらいたいというところ。

実際、今の仕事は割りとそんな感じだ。繁忙期はたしかにあるが、慣れてしまえばたいしたことはない。ルーチンワークだから、やればやるほど速くなるし楽になる。もう2年目なので大分効率化してきた。マウスを左手にもって、右手でテンキーを叩く。作業効率が1.5倍くらいになるソリューションを見つけた。

そうそう、で、なんであーという気持ちになったか。それは、官吏試験の面接やその先のことを考えたからだ。まず上記のように僕にはモチベーションのモの字も無い。はじめから腐っている。それでいてなお、官吏になりたいというふてぶてしさ。これを面接で巧妙に隠し、お国のために働くんだという気持ちのある立派な青年を演じないといけない。これがつらい。で、去年これに失敗した。

あとはその先のことだ。結局正職員になれば、責任のある仕事をやる気をもって取り組まないといけない。だるい。はなからやる気なんてないのに、やっていける気がしない。密な人間関係もめんどくさいなと思う。

こんなことを考えていたら気が沈んでしまった。どうやって乗り越えていこう、これらの壁を。モチベーションもないのに。やっぱ社会向いてないなと思う。