自分の感情にいちいち付き合うのが面倒くさい / 何もしなくていい空間としての / 責任感とプレッシャーでうまく動けなくなる / 自分の言葉で焼き直しをすること

自分の感情にいちいち付き合うのが面倒くさい

今日の朝、自分の感情にいちいち付き合うのが面倒くさいなと思った。職場にいって気が重くなる仕事をやるのがいやだなあと思った。でもやらないといけない。そう、自分の感情がどうであれ結論は何も変わらない。やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないし、あるものはあるし、ないものはない。自分の感情は現実を何も変えない。

過去の事実は何も変わらないし、未来は何も分からない。いくら考えても思い悩んでも。今だけがリアルに存在していて、今だけ行動することができる。感情は自分の頭を離れて存在しない。そう考えると、いかに自分の感情や気持ちや思考さえもが汎用的でなく、勝手なものであるのかが分かる。そういうものをないがしろにするのはちょっと可愛そうだけど、特に大切にする必要もないと思う。ちなみに自分を大切にすることと、自分の気持ちや感情を受容して全肯定するのはなんか違うなとも思う。大切に思うその気持ちこそが自分を苦しめていることが往々にしてある気がするから。

何もしなくていい空間としての

何もしなくていい空間こそが、何もしなくていい時間をつくり、実際に何もしない状態を作っているような気がした。僕にとって何もしなくていい空間は温泉やカフェや旅先のホテルだ。実家でも自分の家でもない。何もしなくていい空間というのは、日常のことを何もできない空間だ。何もできないから何もしなくていいと自分を正当化できる。そういう場所でないと精神が休まらないような気がするから。僕は休みの日によく財布だけもって出かける。大好きなインターネットすら断ち切って半日以上過ごす。

自分はネット依存症だとは思うけど、ほぼ全てのものから離れて過ごす時間はとても心地よい。何もしない自分を自分で認めることができて、本当に何もせず数時間過ごす。この前は千駄ヶ谷のエクセルシオールで3時間くらいうとうとしてた。そういうゆったりとした時間こそが癒されるなとか思う。何もしないをする、なんて言葉は月並みだけれども、好きでよくやる。普段やらないといけないことに囲まれているから、これくらいしないとバランスがとれない。

責任感とプレッシャー

「あの派遣さん / アルバイト / 非常勤はよく仕事ができるな、比べて最近入った正規の新人はなあ~」なんて言葉をよく聞く。僕はこの言葉が出る背景を身をもって知ることになった。なぜなら僕は両方の立場を経験しているから。で、両方の心持ちがよく分かる。だから書かずにはいられなくなってしまった。

求められる仕事のレベルから生じる責任感やプレッシャーが、その人のパフォーマンスに与える影響は実はめちゃくちゃでかい。この一言に尽きる。さらに日本のだいたいの職場では常に相互監視が行われていて、そういった環境が上記の影響をさらに強くしていると思う。

ぶっちゃけ派遣やバイト非常勤に求められる仕事のレベルは低い。責任も大してない。最悪上に投げればいい。とにかく気楽な身分だ。電話も回せばいい。分からないことは全部聞けばいい。プレッシャーがかかるような場面は少なく、頭を使うこともさほど多くない。手を動かしていればいいような仕事が大半だ。そんななかで、プラスアルファの気の利く対応をしてアピールすればどうだ、即座に仕事ができる人間と評価される。そういう錯覚が起こるようになぜかなっている。で、割とそういうプラスアルファは楽にできたりする。普段の仕事は楽でプレッシャーもさほどないから。失敗しても失うものがなくて、思いっきりやれるから。そういう中で生き生きと仕事をしていると周りも目の色を変える。そんな感じ。「あいつは派遣 / バイト / 非常勤なのにすごいな!」と。

比べて正規はどうかというと、まさにその逆のメカニズムが起こっている。与えられた仕事のハードルは高め。当人からすればプレッシャーと責任感もあいまってそのハードルはさらに高く見える。また、同じ職場に派遣やバイトがいる。そういう人達をいやでも意識せざるを得ない。その人達よりいい仕事をしないといけない。そういった認識が、相互監視の職場環境の中で負のスパイラルを起こしがちな気がする。一つのミスで萎縮して、それがさらなるミスを呼ぶ。あいつは正規なのにだめだなあ、なんて言葉が頭の中でこだまする。言われなくても。ちょっとでも抱えているものがあるために、恐る恐る仕事をすることになる。少なくとも派遣やバイトよりは慎重になる。そうなると、「あいつは新人のくせに勢いがないな、そうかと思えばたまにミスをするし、ぱっとしないな。」なんてイメージがつく。

あいつは仕事ができる、なんて評価はぶっちゃけ雇用形態・職場環境・上司・評価者でいかようにも変わる。その中でも雇用形態の差でプレッシャーや責任感、当人の心持ち、周りからの目などはがらりと変わり、その結果当人の仕事ぶりも大分変わってくる傾向がある気がするということを言いたかった。だいたい僕のことなんだけどね。

自分の言葉で焼き直すこと

僕は数奇な人生を歩んでいるわけでもなく、どちらかといえばありきたりな人生を生きている。だからどこかの誰かと同じようなことしか書いていないし、それは自分でも重々承知している。正直このブログはほかの人から見ればインターネットのごみみたいなものだろう。僕自身もそう思っているし、だからこそ過去記事は非公開にしたりしてる。

それでもなお書き続けるのはなんでだろうと考えたときに、ブログを書くという自分の言葉で焼き直す作業が自分にとっては気持ちいいからだろうと思った。頭の中を整理しながら自己顕示欲を放出するオナニータイムみたいなものだ。書いているときが楽しい。気分が晴れる。そして、射精後の精子には全く興味がない。だから過去記事は非公開にしているというのもある。