日記 / そうなる

「そうなる」のは仕方ないことでもあると思う。自分の能力や性格、環境や時代の潮流、そういったものが自分にそぐわなければはみ出しものとして生きることになり、そういう人達が「そうなる」というのはよくわかる。

僕もいつ「そうなる」か正直わからない。第二就職氷河期と呼ばれる時期に就職活動を行った。で、結構惨憺たる結果だった。というかそもそも氷河期うんぬんの話ではなく、自分には就職活動を行う能力というか、仕事におけるコミュニケーション能力が壊滅的だったからなんの言い逃れもできないのだけど。でもまあ、なんかこんな一瞬の面接で社会の階層が決まってしまうんだなという不条理を感じた。嘘でも堂々と言ったもん勝ちだとわかっていた、でも僕がやると虚勢の域をでなくて、だめだった。

一応中くらいのメーカーに営業として就職できた。が、ここでも色々と割を食うことになった。それは僕が弱かったからだ。こいつには何言ってもいいと思われてしまった。面倒事を教育だと言いながら押し付けられ、できなければ詰められ。それも遠隔からの電話指導。指揮系統はばらばらで僕には上司が3人いた。そしてその3人は反目している。今考えれば異常という他ないんだけど、当時は必死で十分に気付けず、そんな不合理を押し返す力もなかった。

考えても見れば、そもそもの持病もあった。ぜんそくとアトピー。今は直っているのだけど、アトピーはほんとに辛かった。自分でもきたないなと思うし、だから周りと接するのも気が引ける。それが女性となればなおさら無理だった。今でも自分のことが汚くないかと思ってしまう。僕のぎこちない挙動は、そもそもの自信のなさと、このおかしな認知から来ているのかもしれない。

まあそんなことがいろいろありつつも、なんとか腐らずにここまでやってきて、今はぎりぎり「そうなる」ことを避けることができている。でもいつそんな認知になってしまうかもわからない。そもそも今の認識がおかしいかもしれない。わからない。

どちらかというと、日陰寄りで生きてきたからなんとなく「そうなる」のはわかる。自分もいつそうなってしまうか分からない。そうなってしまったほうが、楽に生きられると思うときもある。というかむしろ、それが自分のあるべき姿かもしれないと思うし、それでもいいんじゃないかとも思う時もある。

間違いなく、環境や時代が原因でそうなる人はいる。それが本人の努力や能力ではどうにもならなかったことは確実にある。だから、そうなるのは仕方ないことだと思う。忌避するわけでもなく、同情するわけでもなく、ただそうなんだ、と思う。