日記

あーという感じだ。あつくてどうにもならない。やる気が出ない。だるい。休みたい。休んでる。どっか遠くへ行きたい。でも帰ってくるの面倒だからそんな遠くには行きたくない。でも非日常を味わいたい。どこでもドアがあれば楽なんだろうけど、遠くへ行った気がしないだろうから、気分転換にならないだろうなと思う。めんどくさいね。

気分転換に風俗でもいこうかなとか思ったけど、もう大体どんなもんか分かっているし、それで気分が晴れるかといったらそうでないことのほうが多いことも知っているし、まあいいや。まったく新しいことをしたいけど、不快な思いはしたくない。かといって知っている娯楽なら大して気分は晴れない。何をすればいいのか。

消費しては飽きての繰り返しが大方現代人の娯楽だと思う。それでやり過ごせるならいいと思うし、ものやことで溢れているんだから、消費し尽くす心配も無い。でもなんか、結局何をやっても、同じことの繰り返しの気がするんだよな。それでやるせなくなったりする。BCGってはんこ注射のことだっけ?

今僕が住んでいるつるみ、もう一年超えたんだけど、あきたな。便利な場所だから離れたいとは思わないけど、ここにいる必要もないな、とは思う。そもそも一人暮らしもこんなもんかーという感じがしてきた。家事はできるから苦ではないんだけど、やっぱりどこかむなしい。自分が生きる為だけに毎日を過ごしている感じが。

7年くらいきいていたジャズに飽きてから、やっぱ人は飽きる生き物で、僕もそうなんだな、と思った。ジャズは一生きくと思っていた時もあったけど、どうでもよくなってしまったな。素晴らしいのはもちろんなんだけど、もうお腹いっぱいだ。

発信者とか人気商売は大変だなと思う。飽きても聴衆が求める限り、提供すればもうかるのだから、それをやり続ける。それがどれだけ大変なことかということがなんか分かる気がする。飽きや怠惰とのたたかい。飽きられないように手を変え品を変えながら、自分も飽きと付き合っていかないといけない。超だるそう。そう考えると、僕は人気商売って絶対無理だな。そもそもそんなカリスマ性ないからできないけど。たぶん、ファンって存在がすごい面倒くさいと思ってしまうと思う。馬鹿に見えると思う。

人がいい面ばかり見てしまうのも、隣の芝が青く見えるのも、根本は飽きなんだろうと思う。ほんとうは主体性もくそもない。潜在的に飽きを感じていて、そのタイミングで良く見えたものに飛び込んでいっている。実はただ外部の刺激に反応しているだけなんじゃないか。僕はそう。おちんぽジョイナス。おちんぽジョイナスも飽きてきたしな。

何かを続けるとか、何かを極めるとか、そういうことに囚われなくなってから、そういうこと自体に価値を感じなくなってから、ますます飽きが加速したと思う。まあもうほぼ全てのことはぶっちゃけどうでもいいんだな、と気付くよね、この年になると。飽きても何の問題もないし、じゃあなんでこんなたくさん書いたんだろう、飽きについて。数年前に行った、三重の津のトヨタレンタカーの受付のお姉さんすごい美人だったな。