日記

国大の試験。これで筆記試験は一旦終わりとなった。国大事務は採用が少なく倍率も高いので全然期待していない。だから先週は一切筆記の勉強をしなかった。それでもかなり出来たのは問題が簡単になっていたから。国1から始まって国大まで、試験の難易度自体はどんどん下がっていく。勉強していれば実力はどんどん上がっていく。やればできるようになっているのだ。終わってみれば、ただそれだけのことだということがわかる。

終わってみればの話だ。挑んでいるときはそんな楽な気持ちになんかなれない。多分何事もそうだ。乗り越えてみれば、意外といけるもんだな、くらいに大体のことは思えてしまう。でもそれを乗り越えたのは自分が頑張ったからだ。それは紛れも無い事実だ。しかし、そんなことすら忘れてしまって、自分には何も無いとか、自信をなくしてしまうな、僕は。

これまで生きてきたじゃないか。自分自身が生きてきた、日々の積み重ねは確かにある。でもそれをを軽視してしまったり、忘れてしまったり、作為的に無いものとしてしまったりすらすることもある。ちょっと前に、生い立ちを、適当に生きてきたなあ~と振り返ってたけど、節目節目では必死に頑張ってきたとは思う。振り返って、結果だけ見てみると適当だなと思うけど、その時はそんな思いが全てではなかった。

中々うまくいかない人生を、適当に生きてきたという言葉でつつもうとしているのかもしれないな。結局僕は頭良くないし不器用だ。そんな僕が魑魅魍魎な世の中を迷い、つまずきながら渡ってきた。その過程をそのまま表現するのが自分でも恥ずかしくて、適当という言葉でごまかそうとしているのかもしれない。

不器用なりにやってきたのは事実だ。弱い心とない頭で。だからそんなに自分を責めないでもいいじゃないかと思った。僕は必死にもがいている。じゃないとこんなリスキーな選択をしない。このまま終わってたまるかという気持ちはずっとある。動機や目的が客観的に不純であろうと、熱量をもってやっていってるのは確かだ。