安心したくて擬似環境をつくりだす

「~世間ってその程度のもんだよ」  「~結局、なるようになるから大丈夫だよ」 「~つまるところ、一番大事なのは○○だよ」

そんな、聞いた者の視界をパッと明るくさせるような、単純で能天気な言葉が今日も居酒屋で飛び交っていることと思う。僕も尊敬していた人や年長者から、こんな言葉を死ぬほど浴びるように聞いてきた。でも、そんな言葉は一瞬の気休めに過ぎず、現実においてほとんど何の役にも立たなかったということをここにはっきり書いておく。

このような言葉は、その人のリアルな人生からその人にとって都合の悪い不純物を取り除いた、断片的な楽観思想の絞り汁のようなものだと思う。たしかにその言葉はその人の人生そのものには違いないし、だからこそ説得力を持って心に迫ってくる。ただそれはリアルではなく、その人の頭の中で都合よく改変された擬似環境から紡ぎだされた言葉だということを忘れてはならないと思う。

確かにメタ的なことを言って、自身の体験で適当に裏付ければ、説得力のある言葉を浴びせられ、聞き手の光悦した表情が見られるかもしれない。その時は相手も自分もいい気分になるから、いいことをした気分になるだろう。でもそれはほとんどの場合、その時だけのものだ。

そんな言葉―単純明快で、なおかつ本質をついたと思わせるような説得力のある―を聞いて、何かが変わったか。もっというと似たようなことで、名言を聞いて人生が変わったか、自己啓発本を読んで何かできるようになったか、映画を見て奮い立ったはいいものの何か行動を起こしたか、それが今まで続いているか。

僕が安易なストーリーやフィクションを好きになれない理由はこの辺にあるのだと思う。擬似的なものに過ぎないから。だったらおちんぽジョイナスのほうがよっぽどいい。わかんないけど。