群れたくない 染まりたくない

めちゃくちゃ中二病かつアスペくさいことを書くことになる。なぜなら僕が中二病でありアスペくさいからだ。(トートロジー)

昔から、何かの選択(割と大事めのやつ)をするに際して、友人関係を優先させることが苦手だった。いつも自分自身が「やりたいからやる、やりたくないからやらない」であって「仲の良いAくんがやるからやる、Aくんがいないならやらない」ではなかった。そこだけはブレていなかったと思う。逆にいうと合わせられなかった。

だから、学校の休み時間は割りと苦痛だった。外で遊ばず教室で一人でいたい。それか外で一人でいたい。心の奥底ではそう思うも、誰かと何かをしていないと「浮いてしまう」から、仕方なく付き合っていた。もちろん仲の良い友人もいたし、その友人たちとは今もつながってる。

でも、「つるむ」のが苦手だった。どこかのグループに「属す」ことにずっと違和感があった。あの小中学校独特の友人関係はなんだったのだろう。閉鎖的な空間で、ずっとこんな関係が続くのはいやだなあとどこかで思っていた。

今となってはそんなこともあったなという感じだ。年をとり、環境が変わっていくにつれ、人間関係はどんどん楽になっていった。ああ人間関係の選択肢ってこんなにあったんだって。

付き合う人や付き合い方のバリエーションがこんなにも増えるとは思っていなかった。濃密で閉鎖的な人間関係が是とされていたあの時から考えると、いつの間にか呪縛から解かれていたような。まあ仕事以外での話ではあるけれど。

そして気付いた。「群れて」いたり「つるんで」いたりする人は、社会に出てもメインストリームにいるなと。いやまあそらそうだよな。結局どこにいっても、そこが組織や集団―広く言えば人が集まる場所―である限り、だいたい覇権を握るのはスクールカースト上位陣にいた人達になる。

自由になったとはうまくいったもので、言い換えればつまはじきにされても誰も気に留めない環境にいるというだけのことだ。それでもまだ浮かないだけましだとは思う。