Impermanencia

たまに全てがどうでもよくなる瞬間がある。その時、あらゆるものは無常だなあと再確認する。次の日になったらまた全て忘れて、あらゆることに拘泥してしまうのだけれど。

今日がまさにそんな日だった。インターネットで精力的に活動することに対して、まじこれ意味ねえしどうでもいいなとすごい思った。特に有名になりたいみたいな欲とか、自己顕示欲を満たすこととか。もう自分にはそんなの無いかなと思ってたけど、やっぱちょっとあることに気付いて、しょうもないなって思った。数年前あれだけツイ廃だったのに、興味が段々無くなってきてる。

もちろん活動の副産物として、そこで出来た人間関係はいいものだし、大切にしたいものだ。色々恩恵を受けているし、できることなら力になりたい人もいる。ただその大切にしたい人間関係でさえも、そのうち切れていく。何年来の付き合いだなあ、長いなあとお互い言い合っていても、いつか関係は切れてなくなる。

そう考えると、なんとも言えない虚しさが襲ってくる。でもそれに気付いて一旦受け入れてしまえば、「ああ、この虚しさが本来なんだな」となって落ち着く。

そんな無常の例として、一番分かりやすく、一番厳しいのが死だと思う。親だっていつか死ぬ。妻がいたって先に死ぬかもしれない。死だけは、全てのいのちに平等に訪れる。そしてそのタイミングは誰にもわからない。

普段無常に目を背けて生きているから、否応なく無常に直面せざるを得なくなった時、人は悲しみ、泣いたりするのではないか。無常こそが厳然たる事実なのに、それを忘れて生きている。いや、忘れて生きることができるから人間なのかもしれない。わかんないけど。