おちんちん

世間を軸に据えてみたら、僕は中途半端な存在だなと思う。新卒で入った会社を3年で辞めて無職を一年弱やったけど、無職にも耐えられず非正規をはじめた。無職も結局きつかった。だから仕事はしないといけない。でも、急に正規になってちゃんと仕事をすることも怖かったから非正規ということだ。

今は低い身分で低収入だが、責任はないので気楽だ。ならそれでいいじゃんと思うけど、世間体を意識してしまうとちゃんと働かないとなあと思う。世間を捨てきれない。ただ、そんなものにしがみついてもどうしようもないなあとも頭では分かっている。

世捨て人にもなれず、だからといって社会に順応することも難しく、なるべくしたくない。なので、適度な距離をとりながら生きている。それが今の中途半端さだ。だが、世間体をちゃんとさせたいという気持ちもある。面倒くさい質だなと自分でも思う。

こうなったのは僕自身の性質もあるだろう。元々はたぶん社会に向いてない方の人間だと思う。しかし、いかんせん真面目なため、僕はこれまでの社会生活において、順応に巨大なリソースを割いてきた。その結果、訓練された社会性を身につけ、社会でなんとかやっていくようにはなれた。短期的には。

新卒で働き始めて、初めて「常時」社会と接することになる。すると次第に、訓練された(と思っていた)社会性はメッキのようなものであることに気づいた。自分が頑張って身につけたと思っていたものは、取って付けたようなものに過ぎなかった。

時間が経つにつれメッキが剥がれてく。どうしようもない自分が露わになる。周りもそれに気づき始める。メッキが剥がれた自分自身を直視し、周りと比較し、周りは自分ほど労力を使わず順応していることに気がついた。

仕事を辞めて無職になった。気分爽快、最高だ、無職。が、そう思ったのも最初の数ヶ月。そこからは自尊心が削られていく毎日。税金が搾り取られ、金銭的にも疲弊していく。世間からどんどんずれていく怖さもあった。時間が経つにつれ大きくなる気分の波もつらい。

結局、無職も続けられなかった。自分は社会をばっさり切り捨てることもできなかった。かといって社会にうまく順応することもできないことは分かっている。ここでようやく、自分が中途半端な存在であるということに気づいた。普通ではなく、普通より下位の中途半端な存在であるということに。