かきかけ

やっぱりどう考えても「生活>仕事」なのであって、「仕事>生活」ではない。仕事優先になる仕事は使命感を持てる人だけがやればいい。そんな仕事はそう多くはないはずだし。僕はそういう仕事はしない。仕事のために生活が破綻してしまったらそれは仕事ではないのではないか。生活するために仕事をするのであって、仕事をするために生活をするのではない。

どうせ死ぬし ⇔(≒) どうせ生きるなら

「どうせ死ぬし」という言葉がツイッターで流布していて、まぁ確かにそうだなと思った。どうせ死ぬんだから、あらゆることはどうだっていい、みたいな意味合いで使っているんだと思う。こういう意味合いで「どうせ死ぬし」と思いながら生きることは楽ではあると思う、短期的には。全てを放棄した気持ちになれて、軽くなる。でも、死んでないならまだ生きないといけない。日本では病気か自殺でもしない限りそう簡単に死ねないのであって、だいたいの人はもうしばらく生きざるを得ないのではないかと思う。そう考えた時に、「どうせ死ぬし」と考え続けることは   だめだ やっぱやめた まとまらない   ただ、なんかこの言葉は真理めいてるけど、僕にはそう思えない気がする。そんなもやっとした思いを言語化したかったけどできなかった。

ひとつ確実に言えるのは 自分が変わらないと人生は好転しない だから徐々に悪いと思ったことを把握して 直そう

なんか自分の悪いところとか弱いところを直そう、という心の構えができた気がしてこのメモを残したのだと思う。自分を変えることが、自分を成長させることが、強くなることが、問題解決の一番の王道なのだと思うことができた。そしてそれは僕が思っているほど難しいことではないような気がしてきた。
サボることは怠けに間違いないんだけど、頑張ることもまた怠けが体現したものである時があるのではないかと思った。頑張るってことは、いつもの基準より上の基準でやっていくことだと思う。とすると、頑張るが必要になるってことは、それまでの遅れを取り戻さないといけない事態になったという場合であって、それはサボらなければ回避できたことなのかもしれない。
頑張らないために、日々サボらないようにしよう。