どう生きるかについてのちょっとした示唆

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20171204-OYT1T50025.html

これを読んで、あっ僕は人のために生きたいという気持ちを持っているなと思った。キャリアも金もどうでもいい。でも人々が豊かで幸せであるために、仕事をしたい、自分を使いたい。そういう志があったのだと。そしてこういう志をもって仕事に臨むのは、とても意義のあることだと感じた。もちろん自分がすり減らない程度にだけど。

僕は無職もワープアも経験してる弱い人間であると同時に、エリートの人も少しは知っている。だから、人間関係からも自身の経験からも、様々な人に対する理解 ― 多様性に対する理解 が多少なりともあると思っている。そういったアレをいろいろと経験した上で、これまではとにかく自分の見栄とか幸せのためーつまりは自分が安心したいがために 今の非正規という状況をなんとかしたいと思っていた。もう一度這いあがることに必死だった。

でも、この記事を読んだときに、自分のことに関しては割とどうでもいいと思うとともに、多様な人々の幸せや、社会全体の幸せについて考えることに改めて興味をもったし、そういう意欲が自分の中にあったんだと気づいた。

僕はプライドを持っていた。だが、プライドと密接不可分の関係で、高い志を持っていたんだということに気づいた。それらが切り離されて楽になった感じがしたのだ。社会的に意義がある仕事をしたいというのと、自分がよく見られたいということ。エリートになればその両方が満たされるわけだけど、僕にとって後者はさほど重要なものではなくて、前者こそが生きる糧なのかもしれないと感じた。

大学のゼミの教授が、「ひとつ上のクラスにいけ、ハイソサエティだ」「エリートになれ」とよく言っていた。所詮マーチクラスの大学なのに何を言ってるんだと思ったが、今なら意味が分かる。結局上のクラスにいけばいい人に恵まれるし、社会的に意義のある仕事もできる。おまけとして社会的身分も担保される。結果、豊かな生き方をできる可能性が高いということだったのだ。僕にまだその可能性がわずかにでも残されているのなら、追求してもいいかなと思えた。


ていう気持ちはもう消えつつある