昼 たらこパスタ大盛り
夜 豚キムチ



さっきYoutubeでニュース見てたら、アメリカの学園都市で若者ホームレスが増えているらしく、その風景を見てすごい危機感を感じた。好景気や再開発で家賃が上がり、元々いた人が住めなくなってホームレスになっているらしい。好景気とはいってもアメリカは日本以上に格差社会だから、所得の低い層まで雇用に結びついていないのだろうな。しかも大卒で仕事見つからなくてホームレスとかも普通にあるらしい。アメリカでも底辺から這い上がろうと思ったらやっぱ王道はいい大学にいくことらしいが、卒業しても仕事見つからない→家賃高い→学費・奨学金も払えない→借金→ホームレス というように、底辺脱出しようとしてさらに窮地に追い込まれるみたいな最悪のパターンもあるとのこと(なぜ実家に帰らない?帰れない理由があるのか?というのはあるが)。普通に能力のある人でも仕事見つからないのが不況なんだなあ再認識した。そういえば僕らの就職活動も第二氷河期だったし。優秀な先輩や同期が泣きを見ていたなあ。このニュースで見たアメリカは好景気なのにスラムってるし不況感やべえ、そんな印象だった。



メガバン、儲かってないからリストラしないとやばいという話も見た。3万人?僕らが就職活動してた時(2012年)はまだ銀行は(陰りは見えていたが)、人気だった。それが今はもう全然らしいと聞いた。そらそうだよな、マイナス金利なんかされたら。結局銀行はたくさん貸しまくって信用創造しまくって利子で儲けるみたいな構造だから、ただでさえ好景気の今は借りてくれるところも少ないだろうし、さらにどんどん貸さないとマイナス金利で金は減ってくわけだからほんとうにやばい状況だなということが分かる。そして銀行員と言えば給料が高い巨大組織。まあそれは切らないとやってけないだろうなという感じはする。あと、動画でまた銀行同士の統合が進むみたいな流れを話していたけど、とりあえずくっついて時間稼ぎするっていう対症療法しかできないんだろうなという感じがする。

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久しぶりにニュースを見たら危機感感じた。資本主義経済はいつまでも加速して走り続けないと、維持できないシステムになってるような気がする。いまも負の遺産を後世に撒き散らしながら走り続けている。みんな逃げ切りたいしみんな責任を負いたくなくてなすりつける。それがまあ仕方ないよねみたいなアレになっているなあとか思ったし、そういうことにほとんどの人が自覚的でないのではないかと思った。

なんとか僕も逃げ切りたいなあ。


昼 惣菜パン(白身魚サンド・チョリソーエピ(ベーコンの代わりに辛いソーセージ))
夜 マーボー春雨(ピーマン・豚肉・にら追加)

この形式で日記を書くのは久しぶりだなと思う。いつしか勉強に追われまくって書かなくなっていた。それほどまでに余裕が無く切羽詰っていた。

またこうして書く精神的な余裕が出てきたのは、ある程度勉強が完成してきたからだと思う。まだ点数の伸びしろはあるけど、これ以上必死で勉強しても、それに見合う伸びが出ないだろうということがなんとなくわかる。限界効用の低下が分かるような段階に入った。だからまあちょっとくらい気分転換してもいいか、という気になっている。気が緩み過ぎないように気をつけないといけないけど。

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パエリアを食べたくなった。ツイッターで写真を見たから。コスト度外視で一度作ってみようか。魚介類もちゃんと買ってさ。パエリアは魚介のダシが出てるのがうまいんだよなあ。具と一緒に、風味豊かでちょっと固めの米をかきこむのはほんとうにいい。スペインに行ったときに、パエリア用の鍋を買おうと思ったくらいだ。




 

何度も同じようなことを書いている気がする。ということは、すなわち何度も同じようなことをしている、ということのなのかもしれない。書いている途中で、前にもこんなこと書いたなと思うことがけっこうある。ただ以前と違うのは、解像度が上がってるということだ。前よりも細かく観察できている、前よりも深く理解できている、前よりも全体の中での位置付けを正確に把握している、というように。だから当然書くことも変わってくる。より的確に、端的に表現できる気がする。が、あくまでも前と比べてまし、という程度で、全く洗練はされていないのだけれど。

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ブログを書き続けてたおかげで、文章を書くことに慣れた、というのはかなりあると思う。それを如実に体感したのはこーむいん試験の論文だ。こんなむちゃくちゃな文章を書きなぐって、格式ばった文章が上達するのかと思うけど、びっくりするくらいスラスラ書けるようになっていた。

好き勝手めちゃくちゃ文章を書きまくっていても、ここは明らかに筋が通ってないとか、このワードの使い方で意味にブレが出ているとか、後から見返して気付くことはたくさんあった。そうやって気付くことこそが、曲がりなりにも上達するステップだったのだろう。本番では論理を組み立てて、対応関係や一貫性を考えながら書くことができた(と思う)。これで落ちてたら笑える。おまんこ。

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某インターネット有名人が、「ツイッターはでかい精神病院だ」みたいなことを言っていたけど、ほんとうにそうだなと思う。言葉にすることで自分の内面を客観視することができる。さらにそれをつぶやくことで周りからのフィードバックもある。まずはそうやって「気付く」ことが現状を変えていく為の第一歩だから、ツイッターやブログなどの発信ツールは、自己治癒的な意味で重要な役割を果たしているように思う。


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久しぶりの試験の無い土日。先週まで4週連続試験だった。疲れた。でも徐々に「あ、解けてるな」という感じになってきたので、勉強のモチベーションはなんとか保ってる。やっぱり手ごたえみたいなのがないと、続かないよな、何事も。

今日はだらだらしてた。半分くらい勉強して半分くらいだらだらしてたという感じだな。疲れてるんだし仕方ない。昨日飲み会だったしなあ。

夕方、てんかにいった。激から汁なし坦々麺。前までは食べた後胃がむかついて吐きそうになってたんだけど、今回は全然ならなかった。卓上のにんにくチップを入れなかったからだ。前回までは辛さを恐れてにんにくチップで中和しながら食べてたから結構入れてた。だけど前回食べ終わった後、実はそんな辛くないし、胃がむかつくのは辛さじゃなくてにんにくチップのせいなんじゃないか、と仮説を立てた。その仮説を今回立証できたというわけだった。まあ相変わらずうまい。てんかの帰りにスーパーでジャンボを買って食べた。




仕事がひまだからとりとめのないことを書こう。勉強する気もしないし。昨日は職場の飲みだった。3杯のんだらもうかなり酔って話せなくなってしまった。酒にずいぶん弱くなったと思う。家でも全然飲まないしなあ。

酒はもういいな、という感じがしている。飽きたのかな、一連の流れに。酒飲んで、酔って、べらべら喋って、気持ち悪くなって、吐く。残るのはべらべら喋った時の罪悪感と吐き気。僕は酒飲むと人の悪口とか陰口を躊躇なく喋ってしまう。その時は一緒に飲んでいる人と秘密を共有して楽しいんだけど、後味のいいものではない。次の日に「あーこんなこといっちゃったなー」と後悔する。

これまでは、酒がないと本音を喋ることができないというのもあって、酒を正当化してきた部分もある。ただ今は、酒を飲まないと言えないことなら言わなくてもいいなと思う。本音を喋らないことで、人と仲良くなる機会を逃すということもあるが、まあ別に交友関係を広げたり深めたりしなくてもいいかなという感じになった。

酒も含めて、些末なものはもっと失ってもいいなと思う。嗜好品全般、趣味、主義主張、生き方、計画、プライド、そういう自分のアイデンティティを規定すると「自分が」思っている―それらはまるで海外旅行用のスーツケースについた剥がれかけたステッカーのような―ものを捨ててもいいなと思う。無ければないで生きていけるし、実際その方が楽な気がするし。

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生きていくことは、死に向かって一つ一つ選択肢を捨てていく過程に思える。10代や20代前半は選択肢が多く、可能性に満ちあふれていた(満ちあふれているように見えた)。それが現実に相対して、自分の性格や資質を知り、自分の思い描いていた理想に調整が入る。よしこれで行こう、と調整の入った理想の実現に希望を抱き歩み始めると、また上記のプロセスを辿り理想に調整が入る。こうして現実と自分の理想は収斂していくと思っている。一般的な人については。

いずれ死ぬ、結局これが生命の現実なのだからまぁあれだ、やりたいこと・やるべきことをすべてやることは多分できない。となると、結局は色々あきらめないといけないだろう。あらゆるものは有限でおちんぽジョイナスだということが分かってくる。

こーむいんを目指すようになった経緯

面接シーズンに入るにあたって、嘘を塗り固める必要がある。その前に、しっかりほんとのことを確認しておかないといけない。そう思ったので書く。

僕はストレートでマーチの大学に入り、ストレートで卒業した。文系の13卒だ。就活は買い手市場。僕が目指していたメーカーなんか人気で大手は説明会すらとれないとこもあった。マーチなのにだ。

そんな中で僕は大手になんか行けるはずがないと思っていた。元々コミュ障だし、売り手市場の就活戦線勝ち抜ける気がしなかった。実際大手は全落ち。esが二社通って、一社面接に進んだ程度だ。ちなみに全部メーカー。

メーカーを志望していたのは、「まだマシだろう」という理由からだ。大体文系の四大卒で非エリート人材なんて、できる仕事は限られている。準大手以下の銀行信金、IT(se,pg)、飲食、不動産、メジャーなのだとそんなところか。そんなブラックな選択肢に割と絶望していた僕の一縷の望みがメーカーの法人営業だった。

ルート営業なので既存顧客と仲良くしながらたまに売り込んで買ってもらえればいいみたいな甘いイメージを抱いていた。そこになんとか潜り込もうとしていた。

大手メーカーに全落ちした僕はそこまで落胆していなかった。はなから受かると思っていなかったから。むしろ、ここからが勝負どころだと思っていた。四季報や新聞をめくり、有報などの投資家向け情報を漁りまくり、中小優良企業を探した。

そこで出会った会社が前職だ。売上は大手の1/3程だが、営業利益率が高く、売上も安定して微増しているインフラ系部品の法人営業だ。エリア限定で異動がないのも魅力的に見えた。工場見学もしてまったりした雰囲気だなと感じだ。面接は2回。スッと内定が出た。

安心して入社した。が、だ。ここからはかこの記事でも色々書いているように、三年経たずに辞めてしまった。

過去記事一
過去記事ニ
過去記事三

簡単に自分が仕事を無理になった原因を考えてみる。

①仕事内容自体合わなかった
②上についた人が部下潰しだった
③組織の歪みのど真ん中に置かれた
④仕事に対する認識が甘すぎた

こんなところだろうか。とにかく無理になった。会社に行くのが辛すぎた。電話を取るのが怖くなった。いつもストレスを感じていた。相対立する上司の間で板挟みになり、仕事が進まない。もう毎日パニック状態になっていた。何もできなかった。何にも自信を持てなくなった。過食で10キロ体重が増えた。朝はほぼ毎日下痢をしていた。退社時に吐き気を催した。営業会議の日に、もう辞めようと思い、電車を乗り過ごした。そこから会社にいくのをやめた。在席期間2年9ヶ月。

会社自体はブラックではないし、残業時間も月20位ですんでいた。ただ人間関係がこじれにこじれて無理になった。僕の置かれた人間関係がブラックだった。何もうまく行かない。何をしても怒られる。何もしない方が、僕なんかいない方が確実に会社のためだ。そう思ってしまうほどに僕はダメだった。

正直今でも整理がついてない部分がある。全部自分が悪かったのではないか?ほとんど会社の体制がクソだったのではないか?両極端に考えがブレることまである。

組織の中の胃痛ポジションに置かれて、仕事がしにくい環境だったのは間違いない。与えられた仕事のレベルが経験年数に比して高かったのも間違いない。自分が苦手なことが多い仕事内容だったのも間違いない。これらが意図された不利益取り扱いだったかは分からない。自分が甘かったのも間違いない。悪循環にハマってしまった。そこから抜け出すことができなかった。

辞めてしばらくして民間就活をするか、公務員試験をやるかという選択肢を迫られ、民間就活をしながら公務員試験をやろうというあれになった。営業は無理だ、絶対。そう思った僕は民間就活でも事務を中心に受けていった。

しかし、ジョブチェンジー職種変更での転職活動ーはきつい。しかも事務なんて人気職種はなおさら無理、簿記会計法律無資格なのに。中小メーカーの総務を受け、落とされて悟った。これはきついぞと。

そして公務員試験にシフト。だらだら受け続けて今に至る。

と、その前に今の仕事でヒジョウキン職員になったのだった。無職が耐えられなかったから。あと、ヒジョウキンでも事務やっとけば理屈通るしね。無職でいきなり公務員志望するよりは説得力ある。

僕は仕事を消去法でしか決めていない。なぜなら、ほんとうは仕事なんてしたくないからだ。ならなぜ無職を続けられなかったのか。それは世間体やプライドに耐えられなかったからだ。僕の友人は大体立派でエリート街道を進んでる人も多い。だからこそ、そういう友人に顔向けできない。それに耐えられなかった。

結局、辛い状況から逃げて逃げて今の選択をしている。僕はそういう情けない生き物なのだ。

そんなんじゃ、こーむいんになっても仕事を続けられないのでは?と思ったらそうでもなさそうなのだ。これは僕の現地観察から分かったことだ。こーむいんの仕事は職務分掌が明確で、均質化・簡易化されており、誰でもできるようになってる。だからなんとかやってけそうだと思っているのだ。

というクズっぷり。非合理で矛盾ありまくり。楽な方へ逃げてるだけ。それでいて社会的身分はほしい。都合の良すぎる人間だ。真面目系クズとはこのこと。

一人暮らしを一年やってみて

久しぶりに書く。最近はしけんに追い込まれてそれどころじゃない。ツイッターすらほとんどやっていない。そんな中で書いているのは集中力が切れたから。何か気分転換に書こうかと思っていたら、もうすぐ一人暮らしを始めてから一年経つことに気がついた。昨日保証会社にお金振り込んだし。なので書こう。

一人暮らしは、憧れではあった。親を離れて自由にやりたかった。いい加減自立したかった。実家が息苦しくなっていた。たぶんこれはある程度年を重ねたら自然に思うことなのだろうと思う。親や兄弟との関係が悪くなったわけではない。ただ、一回距離を置かないとなんかおかしくなりそうだった。

そんな感じで半ば衝動的に一人暮らしをはじめた。それから一年。なんら問題なくやれている。金の管理もできる。飯も作れる。掃除も洗濯もできる。僕は昔から自分のことは自分でしっかりできるタイプだった。長男で親は弟妹にかかりっきりだったからだろう。一人で不自由なくやっていける。一人は気楽で心地よい。

ただずっとこれはきついなあ。寂しいし空しい。完全に自分だけのために働いて、稼いで、生活して、消費するのが一人暮らしだ。それを実感する。今は目標があってそれに向かって生きているからいいけれど、何の目的も無くこんな生活をするのはどうなのだろう。だからといって、人と生活できるのかといったらそれはかなり微妙ではあるんのだけど。