おちんちん

世間を軸に据えてみたら、僕は中途半端な存在だなと思う。新卒で入った会社を3年で辞めて無職を一年弱やったけど、無職にも耐えられず非正規をはじめた。無職も結局きつかった。だから仕事はしないといけない。でも、急に正規になってちゃんと仕事をすることも怖かったから非正規ということだ。

今は低い身分で低収入だが、責任はないので気楽だ。ならそれでいいじゃんと思うけど、世間体を意識してしまうとちゃんと働かないとなあと思う。世間を捨てきれない。ただ、そんなものにしがみついてもどうしようもないなあとも頭では分かっている。

世捨て人にもなれず、だからといって社会に順応することも難しく、なるべくしたくない。なので、適度な距離をとりながら生きている。それが今の中途半端さだ。だが、世間体をちゃんとさせたいという気持ちもある。面倒くさい質だなと自分でも思う。

こうなったのは僕自身の性質もあるだろう。元々はたぶん社会に向いてない方の人間だと思う。しかし、いかんせん真面目なため、僕はこれまでの社会生活において、順応に巨大なリソースを割いてきた。その結果、訓練された社会性を身につけ、社会でなんとかやっていくようにはなれた。短期的には。

新卒で働き始めて、初めて「常時」社会と接することになる。すると次第に、訓練された(と思っていた)社会性はメッキのようなものであることに気づいた。自分が頑張って身につけたと思っていたものは、取って付けたようなものに過ぎなかった。

時間が経つにつれメッキが剥がれてく。どうしようもない自分が露わになる。周りもそれに気づき始める。メッキが剥がれた自分自身を直視し、周りと比較し、周りは自分ほど労力を使わず順応していることに気がついた。

仕事を辞めて無職になった。気分爽快、最高だ、無職。が、そう思ったのも最初の数ヶ月。そこからは自尊心が削られていく毎日。税金が搾り取られ、金銭的にも疲弊していく。世間からどんどんずれていく怖さもあった。時間が経つにつれ大きくなる気分の波もつらい。

結局、無職も続けられなかった。自分は社会をばっさり切り捨てることもできなかった。かといって社会にうまく順応することもできないことは分かっている。ここでようやく、自分が中途半端な存在であるということに気づいた。普通ではなく、普通より下位の中途半端な存在であるということに。

日記

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朝 ヨーグルト 納豆 みそ汁
昼 弁当
夜 ハンバーグ ツナサンド たまごサンド 納豆 キムチチャーハン

仕事が暇だったので今日も職場のパソコンでネットサーフィンをしていた。たぶんいろんな人にばれているけど気にしない。最近は開き直ってふてぶてしく振舞っている。よく言えば堂々と。この職場で失うものはないから萎縮する必要はないし。

ツイッターを見ていたら、発達障害を疑った人が知能試験を受けていたらしく、その結果が来たということで公開していた。知能的には平均より高いが、ばらつきが大きいから社会生活でいろいろと支障があるみたいだ。

自分も受けてみる価値はあるなと思った。知能における自分の強み・弱み・傾向などが分かって、職業を選択する上で重要なファクターになるかもしれないと思ったから。調べていると、WAIS-Ⅲという大人用の知能試験らしい。

結局仕事は適性に応じて決めるのが、自分にとっても、社会厚生にとっても良いと思うようになった。やりたい仕事でも向いていなければ必要以上に苦労するだろう。対して、向いている仕事なら割と簡単に要求されるレベルまで到達するだろう。それなら自分は仕事を簡単にできるし、その自分の仕事で人の役に立てる。こういうのが資本主義における分業の利益でもあるし、それが望ましいあり方だと思う。

日記

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昼 弁当
夜 さば納豆 ハンバーグ ニラレバ炒め(ニラの代わりにチンゲンサイ)

サバ缶と納豆混ぜたら美味いという情報をフォロワーから得ていたのでやった。うまい。加えて、牛ひき肉が半額だったのでハンバーグ。加えて、ニラレバ。満足なご飯。夜は糖を取らないことにした。太ってきたから。

写真は昨日よこはま駅の近くでとったもの。ヨコハマっていうと洒落たイメージがある。僕もこっちに越してくるまではそういうイメージがあった。

でもそれはヨコハマのほんの一部だ。具体的には、桜木町と石川町らへん。横浜駅周辺は汚いし大して見るとこもない。店舗の乱立でおしまいという感じ。

関内なんかはいかがわしい雰囲気プンプンだし、お水の店がたくさんある。異国の臭い(×欧米系 ○アジア・中東・中南米系)もする。つるみだってそうだ。つるみはほぼ川崎でもあるし、川崎っていえば横浜以上にそういう地域だしなあ。沿岸地域はやっぱりこうなるのかな。

「濃い」なあと思う。文化的な多様性からか、日々ピリッとした緊張を感じている。埼玉にいたときにはほとんど感じない類のもの。ほのぼの、まったりという雰囲気はない。でもこれはこれで悪くないとは思う。



子どもを生むということ


生物の遺伝の勉強をしていて思った。僕はこれまで生きづらかった。体的な面でもそれ以外の面でも。アトピー喘息アレルギー、アスペ気味コミュ障非社交的ネガティブ思考などなど。それでもなお、子供を生むのか。

(いない歴=年齢の僕は、まずは生めるかどうかから考えるべきだがそこは棚に上げて都合良く書いていく。そうしたいから。)

さらにいってしまうと、社会自体がどんどん生きづらくなっていく。少子高齢化、財政赤字、労働の代替、他国からの労働力流入、競争の激化。その中で、自分の遺伝子を分けた子供が生きていけるのか。そこは僕が考える範疇ではないかもしれないけど、容易に予想できてしまう。僕よりも確実に苦労するだろうなと。低く見積もっても、僕と同じくらいは大変そう。

そんなことを考えたら、子どもを生むことについてネガティブな気持ちにならざるを得ない。反出生主義という考えも実はあって、まあ究極的にリアリストになればこうなるのかなという感じはするので、うなずいてしまうところもある。

そもそも生命の連鎖については、深く考えてはいけないような気がするし、そういう考え方もある。とりあえず生めと。団塊の人達はそんな感じな気がするな。これもかなり説得力がある。なぜなら生むことについて理性を以って突き詰めて考えれば、ほぼ必然的に上段の考え方になってしまうから。みんながそうなってしまえば人間は縮小して滅びる。種の生存に反する考え方だ。となると、とりあえず生めは正しいようにも思えてくる。

まあこういうのはもっと色々勉強してから考えるべきなのだろうな。考える材料が足りなくてこの程度しか思い浮かばなかった。というか彼女ができたこともないし、結婚できるかもわからないし、子どもができるかもわからない。だから今考える必要はないなという感じで逃げておく。

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上記の夢を去年見て、生命の神秘を疑似体験したような気はした。自分の遺伝子を分けた生命に立ち会えるということ。これから生活をともにするということ。成長を見守るということ。そういうことを想像したらとても不思議な気分になったのを覚えている。初めて抱いた感情だった。こんな胸くそエピソードにも関わらず。

その時に書いた記事(悪夢)

日記

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綱島駅周辺

朝 ハンバーグ キムチチャーハン
昼 ツナサンド
夜 家系ラーメン

朝起きて勉強してから、綱島湯けむりの庄へ。今日は寒かったので、さすがにバスを使った。バスのにおいが苦手だからずっと口呼吸をしていた。

温泉はいつも通り良かった。疲れていたのか、休憩スペースで二時間くらい昼寝をしてしまう。さっさと帰って勉強する予定だったのに、温泉を出たら4時過ぎ。計画が狂ってしまった。ままならない。

温泉から歩いて綱島駅へ。もう今日は適当に過ごそうと思い、駅周辺を散歩した。綱島駅の雰囲気は好きだ。ごちゃっとしていてちょっと怪しいにおいがする。猥雑さ。狭い土地に儲かる飲食店をかき集めた資本主義の下品さがある。でもほどよく下町っぽい感じもする。

東急で横浜へ。久しぶりに横浜も散歩。家系本店の吉村家に行こうかなと思ったけど、やっぱりいつものように並んでいた。それを見ていたら腹がラーメンになってしまったので、はす向かいのラーメン屋で家系を食う。

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ビジュアル的にはなかなか魅力的なんだけど、味はいまいちだった。角煮と家系は合わない。大丈夫かなこの店。僕みたいな客でぎりぎりもってるんじゃないか。後悔した。

スーパーに寄って家に帰る。クローゼットの片づけをする。久しぶりにエアコンをつけたら直っていた(この前まで風しか出なかった)。今こうしてブログを書く。

日記

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朝 ツナサンド みそ汁 ヨーグルト
昼 キムチチャーハン 納豆
夜 飲み

大学のサークルの先輩とのみ。みんな今年中に結婚するそう。まあもう30だしなあ。結婚する人はするよなという感じ。みなおとなしい系でよいパパになりそう系男子≒非モテ系男子。

僕が付き合う人はやっぱこういう人が多い。オタクっぽいんだけどオタク趣味はそこまでないみたいな。似たような人。はっきり違うと言える点は、みな健全というところか。僕みたいにどっぷりインターネットとかしてなさそう。

写真は飲み屋から取った。なぜか50階の飲み屋で飲んでいた。変わり者の集まりなのでお店も変わっている。50階だけどレストランではなくて、居酒屋。この景色が見れる居酒屋とかとてもレアだと思う。

エネルギーを散らさない

ツイッターで最近気をつけていることがある。極力リツイートをしないこと。リツイートをすると、その話題に吸い寄せられてしまうような感じがする。別にリツイート自体は、だれがやっても大して変わらない。関心があるのはその内容であって、だれがやったかはあまり意味がない。だからリツイート自体あまり意味の無い行為なのではないかという気がして。リツイートで回ってきたものを見るだけで十分だし。そもそも弱小アカウントなのだから、リツイートするのとしないのとで、何かが変わるわけでもない。

リツイート自体がなんか姑息な行為であるような気もしてきた。特にバズってるやつをリツイートする時の気持ちを考えたら。なんかすごい核心をついたツイートが回ってきた、これはすごい、とりあえずリツイートしよう。そんな感じでバズってるツイートの価値にただ乗りしているような気がする。それでなんとなく勢いづいて自分の意見をちょっと言ったりするけど、そんなものには誰も見向きはしなくて。

ツイッターは刺激が多いので飛びつきたくはなる。でも飛びついたところで、つかの間の興奮と、見せかけの優越しか感じない。そんな感情の動きの後にのこるのは疲労と後味の悪さ。スナック菓子を食べ過ぎたときのような。

結局僕の今までの使い方だと、ツイッターはエネルギーを散らし、孤独感を解消する効果しか生まない。体力気力の浪費と引き換えに孤独感を和らげているような。インターネット依存症の典型。ちょっとずつ使い方を変えていきたい。

日記

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朝 たまごサンド
昼 普通盛りパスタ
夜 綱揚げ チンゲンサイと肉団子中華スープ

チンゲンサイのスープがおいしかったので満足。にんにくたっぷり使ってチンゲンサイとたまねぎを炒める。オリーブオイルで。そこにお湯をいれる。鶏がらスープのもと、創味シャンタン、鷹のつめ、豆板醤、ほんだしを入れて煮る。豚挽き肉の肉団子も入れる。うまい。具沢山スープは満足感があるからいいな。

http://www.continue-is-power.com/entry/2018/01/25/200000#QhnSdqt.twitter_responsive

仕事中にこの記事を読んで、そうだよなあと思った。

はっきり言って、現在転落していない人というのは、今はまだ・運良く・かろうじて・転落していないだけに過ぎない。「人生は紙一重」と同様に「明日は我が身」という言葉もまた真理だと思うし、誰にとっても人生はトゥモロー・ネバー・ノウズである。(引用)


そうだよなあと思った(二回目)。全てを自己責任で片付けることなんて、勝者のやることだ。自己責任論は勝者のポジショントーク。資本主義は常に競争。どこに行っても競争。だから敗者が出ることは必至なのに、自己責任論はそこを考えていないなと思う。

まあこういうことを考えるのにハマってしまうと、けっこう落ち込んだりして涙が出てきたりするのでやめとこう。一つ言いたいのは、どことなく流れている、勝者だけが正義みたいな風潮はよくないなということ。勝ち続けることのできる一部を除いた大多数が苦しくなるだけだから。それならもう少しフラットな方へシフトしていくのがよいと思う。

日記

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朝 タルタルフィッシュバーガー
昼 パスタ(普通盛り)
夜 ツナサンド 豚肉たまねぎきくらげもやし炒め(簡単なやつ) 納豆 インスタントみそ汁

今度は耳が一日中いたい。なんでだろう。耳が痛くて背中の痛みを忘れる。これもたまにあるやつだ。奥歯をかみ締める癖があるからそれかもしれないし、違うかもしれない。寒かったからかもしれないし、寝てるときに耳が押しつぶされてたからかもしれない。早く治ってほしい。

毎日似たような生活をしているから出来事に変わり映えはない。ただ思ったことは今日もあって。日本人だからといって、日本に住んで働く必要はないんじゃないかということ。自分が日本人だということに縛られすぎている。日本という国土に、日本語という言語に、日本文化に。

いやもちろん英語はできないし、英語圏の文化や生活様式になじめるかといったら、それは望み薄だろうと思う。でも、たまたま日本で日本人として生まれただけで、日本にこだわる必要はないなと思った。自分がやってけるかどうかは別として、そういう生き方も選択肢としてはあるんだなという意味。

なんでこんなことを思ったかというと、ある人のツイートを見て、海外で生活している人を思い出したから。その人はインターネットの人で会ったこともないから真偽は分からない。東南アジアの国に住みながら、日本の市場で商いをしている。最初はほえーとしか思わなかったけど、今日はすごい合理的だなと思った。

居住地と仕事場は必ずしも一緒にすることはないという考え方。住むにはここがいいな、安くて環境がいいし、儲かる市場はここだな、盛り上がってるし。というような感じで、生活に関する要素をいいとこ取りできる時代がやってくるのかもしれない。インターネットが発達することによって、あらゆるものが可分になり、アウトソーシングできるようになっていく。

まあそんなことを考えても現状は何も変わらないので、今やることをやるだけなんだけど。

日記


朝 たまごサンド つなサンド
昼 かきあげ蕎麦(セブンイレブン)
夜 酢豚 つなサンド 納豆 ヨーグルト インスタント麺の麺

朝起きて背中がめちゃくちゃ痛いことに気付く。つった。布団から一旦出るも、痛みに耐えられず横になる。いてえ、めっちゃいてえ。動けない、というか動くといたい。呼吸すら痛い。

なんとか服を着て飯も食って外へ。寒いと痛みが増す。遅れていたので急がねばと思うけど、走ると激痛が走る。革靴だから着足時の振動もあいまって無理、走るのは。

職場について仕事をするも、痛い。トイレに行くときや階段を下りるとき、うずくまってしまうこともあった。なんでこんなことに、何が悪かったんだ、いつまで続くんだ。

昼過ぎにネットで調べてみた。背中がつってる状態であるのは合っていて、ただ、ぎっくり背中とも書いてあった。原因は姿勢の悪さとかカルシウムを初めとする栄養不足とからしい。あとデスクワークだとなりやすいとか。治すには、やっぱりストレッチらしい。あとちゃんと食うこと。

今日も仕事はほぼなかったし、パソコンは不調なので、折を見ては筋を伸ばした。もちろん伸ばすのは痛い。痛いけど伸ばさないとよくならない。つらい。つらかった。

夕方、一向に良くならなかったので、湿布かって帰ろうと近くの薬局を調べた。実は前も同じようなことになって、湿布を貼ったら大分良くなったから。お金はもったいないけどもう薬に頼るしかない、痛くてつらいから。

ボルタレンテープは処方箋なしでも買えること、薬局は近くに6件はあること、その他もろもろの情報を調べていたら、なんとなく楽になってきた。はーやっぱ病は気からという部分はあるのかなーとか思った。まずは安心したかったのかもしれない。

今考えたら、朝激痛で動けなくなったのは、少し怖かったのだと思う。一人だと誰も気付いてくれる人はいないし、ましてや気遣ってくれる人なんているはずがない。そうなったときに、慌てふためいた末に途方にくれる。寂しくて暗い気持ちになる。そんな感じで最悪死ぬかもしれないのは怖いなと。よくよく考えたらそうだ。

まあ今は大体治ったのでちんぽしごいて寝よう。

日記

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朝 ツナサンド
昼 大盛りパスタ
夜 牛肉にんにくの芽炒め キムチ 納豆 ヨーグルト

特に何も無かった。職場のパソコンが昨日から不調で、ほとんど仕事ができないくらい。まあそんなにやる仕事もないから問題ないんだけど。やることがなくてだれてると、逆に疲れてしまうな。

なんもなかったから、書くこともない。毎日似たようなことの繰り返しなら、日記を書く必要はないのかもなと思った。自分で読んでても面白くないし。

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日々の出来事としてはほとんど同じかもしれない。ただ、思ったり考えたりすることは変わっていくなとは思う。

公務員になれば万々歳だと能天気だった去年から、実際に現場を見るとそうでもないなと思ったり。一人暮らしは自由で楽しいし、僕には向いてるんだけど、長くは続けられないなと思ったり。

あと有料のエロサイトはやっぱ質が良くて、顧客のニーズが分かってるなと気付いたりする。あらゆるものはトレードオフだね。たぶん。

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書いてて思ったけど、生きていくにつれ、あらゆる人や物に対する理想や憧れがどんどん無くなってきてる。現実が見えてくるから。現実を覆っていた、きれいなメッキがぼろぼろ剥がれていくような。

今までの自分は、そういう理想や憧れを燃料にして突き進んでいた。理想の職に就けたら誇らしいものなのか、セックスしたら気持ちいいのか、自分は変われるのか、みたいな。そういう未来を想像をしてやる気を出していた。

だから最近はモチベーションがあまりない。にんじんをぶらさげて頑張るみたいな方法では頑張れなくなってきてる。だから、生き方そのものを変える必要がある気がしている。

日記


朝 ヨーグルト たまごサンド ツナサンド
昼 弁当
夜 居酒屋 味噌ラーメン(インスタント)

見てのとおり雪。いろいろ予定が狂った。帰りは45分早く帰ったけど、それでも新橋は人で溢れていて。




すし詰めになるくらいだったら、酒でも飲んでようと思ってニュー新橋ビルの居酒屋へ。




八海山2合、揚げだし豆腐、マグロ山かけ、明太ポテトサラダを食べた。大分よった。客は僕と男2人組。どうやら若いガールズバー経営者らしかった。仕事の話をしていたが、途中から自分の親分の自慢話に。聞いててまあまあ面白かった。




そんな話を聞きながら新橋のホテルを探していた。もう酒によって帰るのが面倒になっていたから。一件電話してみたが、2万の部屋しか空いていないとのこと。さすがにそれはきつい。

ツイッターで電車情報を見ていたら、横須賀線はけっこう空いているらしいとのこと。これに賭けようと思い、会計して横須賀線へ。

たしかに混んではいなかったが、普段乗りなれていない+酒に酔ったからか、西大井で吐きそうになって下車。ホームで、雪によってきれいになったつめたい空気を吸う。はー新鮮だな。刺すようなつめたさ、でも鼻を通る冷気は気持ちよい。だから僕は冬が好きだ。




吐き気はおさまったので、そのまま横須賀線で横浜までいって、京浜とんぼ帰りでつるみへ。めちゃくちゃ雪が積もっていた。やっぱり普段と景色が違うとテンションがあがってしまうな。クソ寒いことにはなんら変わりはないんだけど。

日記

朝 たまごサンド 納豆 ヨーグルト キムチ

夜 味噌ラーメン チョコ ヨーグルト

今日はいろいろやったので書くのが面倒だな。綱島の湯けむりの庄へ。前に行ったときはバスに乗ったんだけど、僕はバスが嫌いでいろいろと無理だったので今日は歩いていくことにした。天気もよかったし。

新しいビットマップ イメージ

とはいっても、歩いていくような距離ではなくて。さらに、

新しいビットマップ イメージ

けっこうアップダウンも激しかった。寺尾・獅子ヶ谷あたりが特に。鶴見には山側と海側があって、まあアップダウン激しいのは山側なんだけど、山側と呼ばれる理由がわかった。だって山登ってるみたいだもん。

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こんなんがけっこうあって、中々楽しい道だった。そして不思議なのは、こんな傾斜がすごい高台の土地なのに、住宅地だということ(一枚目の写真を見てもらえればわかる)。なぜだろう。住宅地なので落ち着いてはいるんだけど、どこか異様な感じがした。

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そして面白いのは、勾配が急な住宅地の中に、小さな商店や工務店など個人店がぽつぽつとあるところ。もちろんちょっと下れば国道に出れて大型店もある。だけどこういう店も生き残っているのが山側の経済圏なのかと。理容店や塾、喫茶店まであった。

僕はつるみに越してきてから今まで、海側しか知らなかったので、つるみの経済圏といったら海側が中心で、山側の人も海側まで出てきているのかと思っていた。でも今回の散策でそれは違っているということに気付いた。海側・山側というのは単なる地域的な区分だけではなくて、経済圏の区分でもあったのだということに。

そんなことを歩きながら考えていた。1時間以上あるいてようやく湯けむりの庄へ。でかい風呂に入ってゆっくりした。やっぱり風呂に入らないとだめだなと思う。人間はずっと重力に逆らいながら、体を骨と筋肉で支えて生きている。それが湯船に浸かっているときだけは解放されるのだ。やっぱりそういう時間は必要なのだなと思う。寝るだけでは不十分で風呂に入らないと疲れはとれない。なるべく湯船につかろう。

日記

朝 ヨーグルト たまごサンド ツナサンド 歌舞伎揚げ
昼 味噌オロチョンラーメン(赤レンガ) 歌舞伎揚げ
夜 ハンバーグ 納豆

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行きたかったオロチョンラーメンへ。味噌オロチョンラーメンを注文。ラーメンブームの今、味噌ラーメンはほんとんど注目を浴びていないように思う。おそらく、ほかと違いが出にくいし、味噌ラーメン自体の人気もそれほどないからだろう。だが、ここの味噌ラーメンは、そういう期待の低さを凌駕してきた。あ、めっちゃうまい。それでもって親しみの持てる味だ。素直にそう思った。働いている店長、おばさんもなんか生き生きしてて店に活気がある。無愛想な僕が申し訳なくなるくらいに。

320x320_square_63951318.jpg(引用)

夕方は、近くの銭湯へ行った。うしお田湯。そういえば、僕は初めて銭湯に行った。それに気付いたのが番頭だ。おばさんがムスッとした顔で座っていて、すごい話しかけづらかった。あの、お会計は~と言って初めて対応してくれた。470円。まあ、470円なら仕方ない。十分に安いし。風呂は清潔感のあるとこだった。お湯は熱め。僕なんかはぬるいのはやだからちょうどいいな。

ダウンロード (1)(引用)

ダウンロード(引用)

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番頭のおばさんと接して思ったのは、僕も似たようなことをしているなと。今は非正規で、賃金も低いから、かなり割り切って働いている。サービス精神なんかほとんどなくて、言われたことしかやっていない。ほんとはもっと問い合わせ対応とかやればできるだろうし、まあやるべきなんだろうけど、やらない。賃金以上の働きはしたくないから自制している。

そんなことを思ったから、番頭のおばさんに怒りは湧かなかった。客単価470円でいい賃金のはずがない。だからまあ仕方ないよなと思う。これが1000円超えるスーパー銭湯のフロントだったら別だけど。

左手

僕はもともと左利きだった。幼稚園のころ直された。だから左右盲なのだと思う。左右盲とは、右か左かの判断を求められる場面で、どっちがどっちか分からなくなってしまう現象だ。たとえば僕なんかは、運転していて、「そこ右ね」と言われても間違えて左にハンドルを切ってしまうことがある。特に直前に言われるとパニクって「どっち!?!?」「いやだから右!」「だからどっち!!(半ギレ)」みたいなやり取りをしてしまう。

西と東も考えないとよく分からない時がある。アメリカ西海岸とか言われると、どっちだ??ってなる。地理とか世界史の授業のときにけっこう困った記憶がある。よく考えないと分からない。

結局方位に関する相対的な概念がよく分からないのだ。なぜなら、「利き手」という絶対的な基準を失ってしまったから。普通の人は、「お箸を持つ手が右手で、お茶碗を持つ手が左手だよ~」って教えられてしっくりきたと思う。でも当時の僕にはまったく分からなかった。今でも間違えて茶碗を右に置いてしまうこともあるし。

なんかそんなことをちょっと前に思い出したので、左手を使ってみようと思い立った。なんとなく、自分を取り戻せるんじゃないかと思ったから。左手でマウスを使うようにしたら、3日くらいで慣れた。左手で文字を書く練習をしたら、割とすぐに中学生が書くような字は書けるようになった。

そして、また左右がよく分からなくなった気がする。

日記

朝 ホットドッグ(セブン)
昼 ワッパーセット(ワッパー+ポテト+コーラ バーガーキング)
夜 肉じゃが(肉無し) 歌舞伎上げ4枚 かつおのたたき たまごサンド

あーという感じ。なんで僕は今こんなことをやっているんだろうと思った。僕は世間でいう人並みの社会的身分を得て、楽な仕事をして適当に過ごしたい。それがベースで、余裕があれば他人のためになるような何かをしたい。

基本的には怠惰だ。何もやりたくない。でも社会とは交わっていたい。無職だと、親をはじめとする社会の目が厳しいと感じてしまうし、暇だとどんどんだめ人間になってしまうから。だからといって、社会で真面目に生きる気はまったくない。さしづめ、ずっと窓際のポストでのうのうと給料をもらいたいというところ。

実際、今の仕事は割りとそんな感じだ。繁忙期はたしかにあるが、慣れてしまえばたいしたことはない。ルーチンワークだから、やればやるほど速くなるし楽になる。もう2年目なので大分効率化してきた。マウスを左手にもって、右手でテンキーを叩く。作業効率が1.5倍くらいになるソリューションを見つけた。

そうそう、で、なんであーという気持ちになったか。それは、官吏試験の面接やその先のことを考えたからだ。まず上記のように僕にはモチベーションのモの字も無い。はじめから腐っている。それでいてなお、官吏になりたいというふてぶてしさ。これを面接で巧妙に隠し、お国のために働くんだという気持ちのある立派な青年を演じないといけない。これがつらい。で、去年これに失敗した。

あとはその先のことだ。結局正職員になれば、責任のある仕事をやる気をもって取り組まないといけない。だるい。はなからやる気なんてないのに、やっていける気がしない。密な人間関係もめんどくさいなと思う。

こんなことを考えていたら気が沈んでしまった。どうやって乗り越えていこう、これらの壁を。モチベーションもないのに。やっぱ社会向いてないなと思う。

日記

朝 ヨーグルト
昼 大盛りパスタ
夜 肉じゃが(肉なし) 炊き込みご飯

はー疲れてしまった。よく考えたらけっこうストイックな生活をしていると思う。朝起きる。通勤時間に勉強。9-18時で仕事。仕事中もちょっと勉強。昼休みも半分勉強。帰りの電車でも勉強。家に帰ってからも勉強。休憩がてらブログ書いたらまた勉強。集中力が続かなくなったら寝る、という感じ。あんま身についてない気がするからこんな焦ってるんだろうな。

これを繰り返せるのは3日までだ。今日はなんかもう無理だ。休もう。疲れたら休むべきだ。なので休んでる。今日はもう何もやらない。だらだらして過ごそう。

日記

朝 炊き込みご飯 納豆 ヨーグルト ゆで卵 キムチ
昼 弁当
夜 タンメン(セブンイレブン)  炊き込みご飯

帰りに雨が降ってた。傘を持ってなかったので走って帰った。今日もリンガーハットで食べようかと思ったけど雨が強くなったらやだなと思ったのでやめた。コンビニでタンメンを買って帰った。家で食べながらジャズを聴いていた。マイルスのバースオブクール。

フォロワーがアカウントを消して戻ってこない。無職時代含めて何回も遊んだやつだから寂しい。彼が居たから今の僕がいるといっても過言ではない。彼がいなかったら、僕はいまだに前の会社で苦しみながら仕事を続けていたかもしれないから。連絡だけでもくれないかな。まあインターネットなんて本人の自由だからどうこう言っても仕方ないか、というのもあるけど。

日記

朝 納豆 炊き込みご飯 ヨーグルト ゆで卵 キムチ
昼 ちゃんぽん(セブンイレブン)
夜 豚大学 新橋店 大

朝飯食ったら職場でめっちゃうんこ出た。これはいいかもしれない。なるべく朝飯食おう。

夜は久しぶりに新橋を歩いた。豚丼を思い出して食べたくなったので豚大学 新橋店へ。
こんなの。久しぶりでうまかった。

こういう食も含めて、最近あまり日常を楽しんでないなあと思った。勉強と仕事ばかりで。まだ面接とかはないし、そこまでメンタルをすり減らしてはいないんだけど、日々を味気なく淡々と過ごしてしまっている。それでいい気もするんだけど、ほんとにいいのかなという気もする。

日記 / ネットサーフィンの履歴


昼 弁当
夜 長崎ちゃんぽん

たぶんちゃんぽんだけ食っても生きていける。

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仕事中、やっぱ暇だったのでネットサーフィンをしてた。
phaさんの文章は、行き詰っている時に読むとふっと力が抜けて、すごい楽になる。phaさんの文章を読んで、どれほどの人が救われただろうと考える。今の世に必要な人だ。
たぶん僕はアスペな方だ。だから、最近このまま官吏を目指していいものかと考えている。迷っている。なんかしらのスキル身につけて、いくつか職場を渡り歩いて実務能力磨いて、自分のペースで稼いで食うほうがいいのかなとか思ったりする。できるかは別として。また組織に戻ってやってけるかも微妙だしなあ、という不安もめちゃくちゃあるから。
面白い。自分の社保の金額がどうやって決まったか調べていた。通勤手当が高いと保険料が割高になるらしい。だから僕の社保の天引きは去年高かったんだな。埼玉の奥から通っていたから。

日記


昼 博多風龍でとんこつラーメン
夜 炊き込みご飯 納豆 ゆで卵*2 キムチ

10時くらいに起きた。昨日は結構遅くまで飲んでたしまあこんなもんか。あんまり酒は残ってなかった。やっぱりしゃべりながら楽しく飲むとあんま変な酔いかたしないのかな。

近所の評価高いラーメン屋(オロチョンラーメン)に行こうとしたけどやってなかった。日曜定休。

めしで行くあてをなくしたのでかわさきへ。赤備が良さそうと思い行くも、混んでたのでやめた。で、結局博多風龍。安定のうまさ。腹がふくれたら大して変わらないな。

その後、かわさきのエクセルシオールで勉強。講義動画を3倍速で再生しているので、短時間の勉強でも疲れてしまう。2時間ちょっとやったらスーパー寄って家へ帰った。

今日はあんま勉強できてないからまだやらないとな。

日記

朝 炊き込みご飯 チョコ 納豆 ゆで卵 キムチ
昼 朝と同じ
夜 飲み 緑のたぬき

夜は大学の同期と飲んだ。いろいろ話したけど仕事の話が多かったのは意外だったな。みんな頑張ってるし幸せになってほしい。一軒目は多国籍料理、二軒目はバー。楽しかったな。

もう大学卒業してから5年になるね、大学入学からは10年近く経つね、やばいね、みたいな年齢のはなしもした。そうか、時間は何をやってても経つんだな、と実感した。いい意味でも悪い意味でもそうだ。まあ意味を与えているのは自分で、時間はただ過ぎているだけなんだけど。

日記


昼 大盛りパスタ
夜 ↓ チョコモナカジャンボ チョコ ヨーグルト
うまい。でも辛い。家から徒歩5分の汁無し坦々麺屋 てんか。 僕がつるみに住んでいるといったら、フォロワーが教えてくれた。胃にガツンと辛いのをぶち込みたい時はここが最高だ。ただ辛いだけじゃなくて、タレもうまいし花椒がきいているからグイグイ食べすすめてしまう。後から辛みが猛烈に襲ってきて後悔した。胃をぎゅっと握り締められているようだった。辛みと焦りで脂汗が止まらない。ちょっと気を抜いたら失神してしまいそうだった。なんでそこまでなったかというと、追加でとうがらしのみじん切りをふりかけたからだ。これが予想以上に効いて死にそうになった。前に一回食べたときは何もかけないでも割と死にそうになったんだけど、今回は序盤の感じで「あれ余裕じゃん」となって油断したがゆえ、判断を誤った。

帰りにジャンボを買って、胃の中を中和させるイメージをしながら食べた。じきに落ち着いてきた。家に帰ってチョコを食べた。そういえばヨーグルトもあったな、と気付き、すぐさまかきこんだ。

前に行ったのは確か越してきてすぐだから6月とか。半年たって、いくぞ~という気になって行ったのが今日。で、またもうしばらくいいやってなった。また半年後に行こう。

日記

朝 タルタルフィッシュバーガー
昼 大盛りパスタ
夜 納豆 炊き込みご飯 キムチ ゆで卵 ヨーグルト チョコ
最高なサイトがあったので是非見てほしい。サイトの作りこそ粗いが、コンテンツが充実していて。街並みに対する愛がすごい。誰に評価されずとも、楽しめるようなライフワークとしての趣味。素晴らしいと思った。

ブログを書いているたった今、フォロワーが似たサイトを教えてくれた。
そうそうこういうの。自己顕示欲なんてほとんど見受けられなくて、でも純粋な内発的モチベーションとか、それに拘泥せざるを得ない何かに突き動かされながらやっていっている感じ。目を見張るものがある。にしてもこのサイトの濃さも半端じゃない。

僕もこんなサイトを作れたらなあと思ったけど、一瞬で無理そうだなと思った。ここまでこだわれる何かを持っていないから。年々物や事に対するこだわりがなくなっていっている。そうなる方が楽だからそれでいい。

日記


昼 弁当
夜 炊き込みご飯 チョコ 納豆 キムチ ゆで卵

職場でハンドクリームのにおいがきつかったので疲れてしまった。途中からマスクをしたら少しマシになったけどきっついな。あたまにズキンとくる。だめなにおいは本当にだめだ。

最近は家に帰って一旦気力スイッチを切って、回復してきたら勉強をするようにしてる。なんかそうしないともたないような気がして。一日二日ならいいけど、毎日それだと続かない。だめだ~って丸一日休む日が出てくる。もちろんやらないとって焦る気持ちはあるんだけど、やっぱり休憩も大事で。

日記


昼 弁当 お菓子
夜 炊き込みご飯 納豆 ゆで卵 キムチ チョコ

仕事がちょっと忙しくてすぐ一日が終わった。疲れた。勉強やる気あんまりしない。さっきまでニコニコでガチムチMAD見てた。なんかあれ元気でる。意味が分からな過ぎて。仕事でギチギチの論理に縛られてるから、ああいう訳わかんないの見て笑えるのかもしれない。



久しぶりに本格的電話対応したらパニクって盛大にしぼうした。あー向いてない、社会。僕はやっぱコミュニケーション向いてない。無理。むずい。ちんぽ。って思った。営業やってたのにこれか、僕はほんとうに柔軟さがない。機転が利かない。だめだ、ってなった。

だから落ち込んでた。で、上のような動画をたくさん見て笑ってた。社会で生きてくのだるいし大変だな、向いてないし。はーつらい。なんのために役人試験の勉強してるのか分からなくなってきた。もうちんちん。どうしよう。やっぱ社会不適合者寄りだよな間違いなく僕は。

だめになってきたからしこって寝よ

日記

朝 ゆで卵 チョコ 納豆 キムチ 大根おろし 炊き込みご飯
昼 ゆで卵 チョコ 納豆 キムチ 大根おろし 炊き込みご飯
夜 王将ラーメン 餃子三個 半チャーハンのセット

電動歯ブラシを買った。久しぶりにちゃんと歯をみたら全然磨けてないじゃんってなったから。一分間に2万回振動するらしい。最近のはすごい。試しに歯に当ててみたら、歯磨き粉つけてないのにつるつるになった。

久しぶりに王将いった。うまい。安定。この前いったときはウェイターいたのに居なくなってた。コストカットかな。かなしいね。あとなんかジャズが流れてたけど微妙に似合ってなかった。

そろそろまた風俗いきたいなとか思った。女の子のやわらかいからだに触れたい。抱きしめるだけでも気持ちいいなと思う。でもいつも、どこか申し訳なく思ってしまうんだよな、なぜか。もし彼女が出来てもこんな風に思うのかな。

明日から仕事か。だるいな。かといって無職でやるべきことがないともっと腐るというのは身をもって知っているし。社会と関わってないとどんどんずれていって大変なことになる。

今日は全く書くことないなと思ってたけど、意外とあったなと思った。僕は金があってもなくても、こんな感じで今と似たような生活をする気がする。だから金って僕にとって思ったより重要じゃないのかもしれない。

うそくさいな


昨日の夜、こんなことを考えた。
世の中の大体のものはうそっぽい、茶番くさい、薄々そう思いながら生きてきたなと感じた。義務教育、諸々の行事、形式的な会合、大人数の飲み会、大学のウェイなどのノリ、形だけの友情、婉曲的な表現、社交辞令、大人でいること、上下関係、敬語、面接、社会、その他いろいろ。

そういうものを目の当たりにするとだるいなと思うし、やりすごした後はとても疲れる。僕は、こういう「大した意味は無いけど形式的にやらなきゃいけないこと」に真剣に取り組むことができない。真剣に取り組むポーズしか取れない。ポーズを通り越して本気さを見せることが社会でうまくやっていくコツなのに、それができない。だからいつもはみ出してしまう。ボロが出てしまう。

みんな、そういうことをちゃんとやっている。だから社会でうまくやってける。根っからの社交マンはこういうことを何の違和感も持たずできるのだろうと思う。すごいよな、社会性、ソーシャルスキル、グループセオリー。社交強者はそういうものを駆使して、場を支配して拡大する。性格も良いから人望で人が勝手についてくる。どんどん自信をつけて、自身にとって居心地のいい場所を構築していく。

僕はそういうのを傍から見て、うそくさいな、茶番ぽいなと思っていた。酸っぱいぶどう的シンドロームに陥って僻んでいたとしても、そういうものにリアルさを感じられなかった。

それは、彼らの共有しているカルチャーに共感できなかったというのが一つあると思う。未来は明るい、やりたいことをやろう、努力は必ず報われる、ヒットチャートのJPOP、多数派、賑やか、今をとにかく楽しむ、地元最高、ポジティブ志向、仲間、恋愛、ロマンチスト、など。端的に言えば真逆を行っていたから。

そういうものって、どこか空虚だなと思ってきたし、なんなら今でも思っている。僕にとってリアルさを感じるものは、ネガティブな感情であり、孤独であり、一人でもやもやしている時間であり、マイノリティであり、50年代のジャズであり、縁の無い地を一人で旅行している時であり、数少ない友人と人生や考え方に対する価値観を共有している時だった。

社会に出て、やっぱりつまづいた。仕事を辞めて、旅に出た。スペイン・マドリッド。「ああ、ただ生まれて生きて死ぬだけなんだ、人間て。」「何一つ確かなものなんてないのかもしれない。」「何もする必要なんてないのかもしれない。」そんなことに気付いた。

日記 / お寺


朝 チョコ 納豆 炊き込みご飯 キムチ ゆで卵
昼 からあげ棒 シーフードカップヌードル チョコ 納豆 炊き込みご飯 キムチ 大根おろし ゆで卵
夜 同じものを食べそう 今17時半

見てのとおり今日は活動した。近くの神社とお寺に初詣へ。上の写真のお寺はとても立派だ。曹洞宗のかなり有名なお寺っぽい。本堂にいったら大規模な焼香をやっていた。お坊さんも10人くらいいてお経を読みまくってるようなやつ。太鼓もドンドン鳴って。


参道もきれいだった。

その後は川崎へ。なんとなくぶらぶらしたかったからかな。道すがら見つけたエクセルシオールで勉強した。ここ、間口は狭いけど入ってみると結構広くて居心地がよいな。内装も新しい。これは通うかも。

勉強したら疲れたのでつるみへ戻った。スーパーで買い物をして帰宅。もう何もしたくなかったからシャワーを浴びてしまった。一人暮らしだとこの辺がほんと自由にできるのでいい。

日記


朝 納豆 炊き込みご飯 キムチ ゆで卵 チョコ(お土産)
昼 ラーメン(鶴見 吉田食堂)
夜 納豆 炊き込みご飯 キムチ ゆで卵 ツナ缶 チョコ(お土産)

朝起きて昨日の夜のメニューを食べた。飯に悩んだときはこれにしよう。考える手間が省ける。みんなそれなりに好きなものだし。あと、また炊き込みご飯を炊いた。で、また次の炊き込みご飯を炊く準備をした。にんじん切って、酒と醤油いれて、しょうが擦って、ツナ入れて、米とつけておく。面倒な作業もルーティンになってしまえば何も考えずにできる。だからストレスにならない。むしろ気持ちいい。

昼はどっか近くのお店を開拓しようと思って調べた。徒歩五分のラーメン屋。煮干がっつり麺ぱつぱつ系のいいラーメンだった。ここはいい。多分定期的に食べたくなるラーメンだ。また行こう。

その足で電車に乗って浜松町へ。休日の浜松町は空いているが、寂しいという程ではなく、いい具合に人はいる。空港に向かう人、空港から来た人、結婚式の人、外国人観光客など。芝大神宮も増上寺もある。芝公園もある。浜離宮もある。オフィス以外にもいろいろあるからそれなりに人がいるのかな。ただ僕みたいな物好きはそんなにいないだろう。写真は大門の上島珈琲2階から。ここで勉強してた。

日記

朝 グラタンコロッケバーガー
昼 弁当
夜 納豆 緑のたぬき ゆで卵2個 ツナ缶 キムチ にんにく1かけ

普通に終わったので仕事は特に書くことなし。なんか上記メニューで夜は済ませられれば楽だなと思って買ってみた。緑のたぬきをご飯に替えてにんにくをなくしたら、多分一食200円ちょっとでよくなる(納豆1パック20円+ツナ缶一つ80円+卵2個40円+キムチ一食40円+ご飯一食40円)。しかも洗い物はほぼゼロなので楽。作る気力が無いときはこれで十分だな。

明日から3連休。またどこか近くのお店を開拓しようか。実家に帰って思ったのは、まだやっぱり地元のほうが落ち着くなと。なんでかなと考えたときに、もちろん時間的な問題もあるけれど、こっちはまだ知ってるお店が少ないからだろうなという結論になった。あそこのお店はあんなんであれがうまい、あっちはあれで遊べるなど。自宅以外のサブ拠点みたいに思える場所が増えていけば、今の土地にも愛着が湧いてくるんだろうな。

文章を書くという習慣

こんなのが文章なのかという疑問は置いておいて。とにかく書く習慣がついた。書くのが習慣になってくと、なんとなく書けるようになってくる。以前は書くことを考えて、それを文字にするという過程を意識的に踏む必要があったんだけど、今はほぼ瞬間的に言葉が浮かんできて、キーボードをたたいているうちに次の言葉が浮かんでくるので、まぁずっとたたき続けることができるという感じだ。そういうことを10分くらいやっていたら700文字くらいの記事ができる。大体読み返すとくそなんだけど。

だからもはや手を動かして言葉を紡ぐことが快感になっている部分もある。ライティングハイみたいなのかな。これって多分あると思う。感情的な文章を書いている時は特にそうなる傾向にあるように思う。ただ、自分の感情を書くというのは、感情に任せてキーボードを叩きまくる快感もある一方、言葉を使うことで、客観的な視点から自分を読み解いているようで面白い側面もある。

そんなこんなで、ブログには―文章を書くという行為には―ツイッターとは違う楽しみがあるなと思う。自己顕示欲のおもらしという目的では共通しているけど。一つのもので2度楽しめるなんとやらみたい。なんだろ、なんかそういうキャッチフレーズあったよね。

日記

朝 タルタルフィッシュバーガー
昼 弁当
夜 ハム おせち残り

昨日の分を書いていない。追記で書こう。

今日は仕事初め。定時出勤して定時退社したのでえらい。勉強もしてるのでえらい。日記も書いてるのでえらい。僕はえらい。特に仕事のプレッシャーがなくできる仕事なので今の仕事はいい。その代わり驚くほど低賃金だけど。でも普通に一人暮らしで生きてけるのでいい。高収入ブラックより低賃金ホワイトのほうが僕にとっては向いている。
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日記

朝 おせち残り
昼 モスバーガー
夜 カレーそば

箱根駅伝見てた。ボーっと見るのが最高にいいんだよな。僕にとって正月感を感じるものは完全にこれだ。

今日は感情的な動きがあったのだけど、恥ずかしくてとても書けないな。僕は弱い。頑張ったことを人に認めてほしい。苦労しているのを分かってほしい。そんなようなこと。

実家から帰って今はまたよこはまにいる。またやっていくのだ。ただそれだけだ。

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今年も0.5%は終わっている。そう考えると早い気がする。またいつの間にかジメジメして、あっつくなって、寒くなって、一年が終わる。これをあと何回繰り返すのか。繰り返せるのか。

生きるだけだ。やるべきことをやるだけだ。できることをやるだけだ。

日記



朝 おせち料理
昼 同じ
夜 すき焼き

書初めをしてお店に飾りましょう!みたいなノリで、スーパーに筆と半紙があったので、書いた。で、お店には渡さず持って帰ってきた。さすがに子供向けの企画でこれは空気ぶち壊すなとおもったので。書道は段とか持ってたか忘れた。小学校の6年間教室に通ってたのと、大学のころのさーくるでやってた位の経験はある。ごまかし方を覚えたという意味で、大人の字だと思う。

今日は家族揃って初詣。結構並んだし車にも乗ったので、大分消耗してしまった。その合間にスーパーに寄って、字を書いたという時間軸だ。家に戻ったら逃げ恥を最後まで見た。ちゃんちゃん、万時丸く収まりました、よかったね~という感じ。ただ、社会問題に対する提起も暗示されていたりして、今の世相を反映しているドラマだなあとも思った。シリアスと笑いのバランスが取れてたし、飽きずに面白く見れた。恋愛したくなった。

その後、家族でなんかトランプやった。ババ抜き・神経衰弱・大富豪など。兄妹もみんな大人になったな。家族全員での会話の型みたいなのがほぼ出来上がっているので、そういう意味でも会話は楽だし安定して楽しい。

自分も家族を作るのかなあ、と思った。正確には「作ろうとするのかなあ」か。たぶんものすごく大変だし面倒くさいんだろうけど。でも、一人で謳歌するには人生は長すぎる気がする。それにそもそも、僕は独身貴族で人生を楽しめる性質でもない気がしてきた。思い込みかもしれないけど。

「思い込み」で逃げ恥を思い出したので、唐突に話題を戻したい。逃げ恥の主人公やヒロイン、その他役柄は皆、ある種の思い込みに囚われていた。そして各々が関わりあう中で、各々が自身が囚われていることに気付く、というのも一つのテーマだったように思う。その思い込みは、「呪い」とも言えるだろう。過去に言われたグサッと来る言葉、そんなものを忘れられずに自分の中で何度もリフレインしてしまい、自分自身で呪いともいえるほどの強固な思い込みを築いてしまう。そしてその呪いが自分の性格をも侵食してしまう。(①そのまま下へ ②→追記へ)

①僕はそんなものの塊だなあと思った。主人公とほとんど同じだ。だから変なこだわりはなるべく捨てて、人の助言に一旦は従ってみるのがベターなんだろうなと思ってる。もっと柔軟に生きられれば、今のような状況にならなかったかもしれないな、とも。あ、また意味の無い振り返りをした。
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日記

朝 雑炊

夜 寿司 からあげ そば ハーゲンダッツなど

実家にいる。昼から逃げ恥の再放送を見てた。恋愛っていいな、結婚っていいな、と思わせるような内容だった、ということに気付いた。テレビって基本的にこういう方針なんだなと思った。人生は明るくて楽しい、苦しいことや悲しいことがあっても最終的には幸せになれる。そんな筋書き。

人生はそういうものだと思い込むことが、世俗的な「生きやすさ」につながるのかもしれない。でも僕にとってはそういう人生のイメージはあまりにもリアルに欠けて。

僕にとっては、楽しいこと・嬉しいことよりも、悲しいこと・苦しいことのほうがよりリアルに感じられる。楽しいこと・嬉しいことに疑問符が浮かぶことは結構あるけど、悲しいことや苦しいことにそういう余地はなく、感情の渦に巻き込まれたりするし。

こんなことをリアルでいったら、ネガティブ思考は良くないよという声が飛んできそうだ。ただ今僕はすごいフラットな気持ちだし、これがネガティブ思考だとは思えない。今までのネガティブ思考も、リアルをリアルに捉えすぎたというか、150キロストレートをぺちゃんこの腹筋で受け止めて死にそうになるみたいな、そんな面もあったのかなと思ったりもする。

「重く受け止めすぎだよ」という言葉は、現実とがっぷり四つで組みすぎだよ、という意味で、いろんな人から言われていたのかもしれない。テレビやJポップなどの世俗に流れる牧歌的なポジティブさで愚鈍にして受け流すことをしていたら、こうなっていなかったのかも。わかんないけど。

しかし今となって、そんな風に適当にやりすごすようなことはしたくなくて。かといって今までのように深刻に向き合う気にもならない。現実は現実でリアルに捉えながら、ゆったりと構え、自分のペースで進んでいきたい。まぁ今はそんな感じだ。明日には変わるかもしれないけど。