○ある人の言葉

文章を書く楽しさ、文章をかくことは気分転換(斎藤茂太)



ブログを一日一記事以上書くようになって思った。文章をある程度書いた後というのは、非常にすっきりする。僕にとってブログを書くということは、自分の頭の中にあるもやもやとかごつごつとか、なんかまぁそういう種々雑多なものを丁寧に拾い集めて、整理して、組み合わせて文章にして吐き出すというような行為だ。

もう完全に自分が楽になるためにやっている気がする。もはや頭の中を整理する手段と化している。

そういえばツイッターでこんなことを言っている人もいた。

実は、人に伝えることで、一番得しているのは、自分自身。喋ったり書いているうちに、自分の中で思考が整理されていく。どんどん伝えよう。そして周りを豊かにしていこう。

○一節

僕は戦わないといけなかったんだよ。僕をずっと成功から遠ざけてきた、間違った考え方や悪い習慣とね。(「ぼくは愛を証明しようとおもう。」藤沢数希)



はい、恋愛工学の端緒であるこの本、結構好きです。何回か読んでます。恋愛のテクニックが参考になるかは別として、考え方としてはかなり本質的なところを突いているんじゃないかと思う。ストーリー形式だから面白くて読みやすいし、なんだかんだでおすすめです。僕は恋愛工学徒ではないけれど。

ってどの口が言うか。って話。

まぁ僕は恋愛のことについては何も分からないので、それ以外のところでいいなぁと思った一節を引用した。

非モテは、憎しみの感情を抱きながらも慣れ親しんでおり離れるに離れられないぬるま湯のような結局は居心地のよい非モテの考え方や習慣を断ち切らなければ、変わらないのだと思う。

一節の内容そのままです。自分に向けていいました。

○では、どうしましょう

いつでも皆さんの頭の中に、「では、どうしましょう」という質問を入れておいてください。過去の業は無視する、放っておくことにするのです。過去ではなく、つねに「今、こうなっちゃったから、どうしましょう」という、たったそれだけに集中します。(ブッダが教えた「業(カルマ)」の真実 スマナサーラ長老)



これ、かなり使えるなと思った次第。過去のいかなることでも、嘆くことに意味は無い。自分の心を自分で傷つけるようなものだと思う。自分の心に対する自傷行為。そんなことをしそうになったら、この言葉を思い出すようにしている。

○習慣化/ノウハウやその類のものについて

チャールズ・デュヒッグは、著書『習慣の力』についてのインタビューで次のように語っている。「この15年間で習慣についての研究が進み、習慣を変える方法もわかってきました。研究者によると、あらゆる習慣には『トリガー』『行動』『報酬』の3つの要素があります。トリガーとは、ある行動を自動的に呼び起こすためのきっかけです。次に行動がきます。これは肉体動作のほかに、感情や思考も含みます。そして最後に、報酬があります。この習慣を次も繰り返したいと思うような、ごほうびです。この3要素のループが繰り返されることによって、トリガーと報酬はより強く脳に刷り込まれ、行動はより自動的になっていきます」(「エッセンシャル思考」グレッグ・マキューン)



習慣化という言葉が流行っているし、僕自身も興味があるのでこのことについて。ポイントはトリガーと報酬だ。この二つが揃えば習慣化が可能ということ。

---

そもそも、僕(達)はなんで習慣化について知りたがっているのかというと、楽したいからではないか。習慣化すれば、いやなことややり辛いことでも簡単にできるようになる。習慣化について魔法の薬のような期待感を無意識に寄せているのではないか。まぁ僕はそう。

この姿勢自体、なんとなく現実逃避してしまっている雰囲気を感じる。現実問題の解決に際して、こういったノウハウなど自分の外部のものに「頼って」しまうのは本質的な解決にはならないと感じる。自分を客観的に見てそう思った。

基本的に現実問題の解決策は、現実に相対している自分の中にある。あくまでのノウハウの類は参考程度にとどめることを忘れないようにしよう。

僕はこんなノウハウよりも、現実に向き合い解決していく心を鍛えることに力を尽くしたほうがいい。そして心は今この瞬間だけを生きることによって鍛えられるように思う。

○本の感想

人は自分が頑張って絶対的に幸せになるより、他人の不幸で相対的に幸せ感を得る方がお手軽だし好きなのである。(「ヒキコモリ漂流記」山田ルイ53世)



昨日、気になっていたこの本がKindle Unlimitedの対象となっていることを知り、ダウンロードし一気に読んだ。終盤のあっけなさは残念だったが、著者(髭男爵の右)が自分と社会に失望しながら、時にやけになりながら、必死に生きた姿が記されている。人間の「酸い」をいやというほど味わった著者ならではの、随所にあらわれる繊細かつ鋭い人間描写には目を見張るものがある。上記はその一つである。

他人中心ではなく、自分中心で生きて生きたいと思える一言だ。自分中心というのは自己中とかそういう意味のニュアンスではなく、自分の基準をもって主体的に判断・行動しながら生きていくということ。読んでみて感じたのは、著者はかなり他人中心の生き方であり、つまりプライドや社会の目をしばしば気にしすぎていた(それは幼少・少年期の神童経験からくるものだろう)。そのように自分以外ものに安易に判断を委ねてしまうと、転落に転落を重ねてしまうのかとも思ってしまった。

○本の抜粋2

現実に直面してみると、意外と強くなれるものだ。でも、直面するまでが大変だ。(「あなたはなぜつながれないのか―ラポールと身体知」高石宏輔)



この本はとても面白い。受け付けない人も多いと思うけれども。僕はもう多分5回くらい読んでいる。著者の繊細な感覚やイメージが、読者に分かりやすい表現で丁寧に書かれていると思う。その辺のビジネス本の10倍は濃い。一文一文噛み締めながら読んでも、まだ消化できていない気がする。

そして抜粋は、この本でベスト20くらいの心に残っている一文だ。当たり前のことだけれども、時にとてつもなく難しくなることだなあと。

現実を受け入れるのは大変だ。プライドが邪魔をする。受け入れられなかった現実は、障害に姿をかえていつか自分の前に立ちふさがる。何の力が働いているか分からないが、受け入れない限り、何度も現実を受け入れさせようとしてくる。

○本の抜粋

本を読んでいて、いいな、面白いなと思ったことはその場でエバーノートにメモするようにしている。結構手間のかかることかもしれないけど、後から見返せるのがいい。今は時間があるから出来ていることだ。

大学時代に寮の先輩とした、こんな会話が、ずっと印象に残っている。「イワシっているじゃん、イワシ」「はい」「イワシって、いっぱい群れになって泳いでるじゃん。そこに、ときどきクジラとかがやってきて、バクーッ!とイワシを食べちゃうわけよ。そこで食べられた奴らは死ぬし、食べられなかった奴らは逃げるでしょ。人生なんてそんなもんだよ」「何かが突然起きても、避けようがないってことですか」「そうそう。バクーッ!って食われて死ぬのはどうしようもないし、そこに意味なんてないの。人間が生きて死ぬのも同じ。みんな人生に意味とか求めるけど、生も死も成功も失敗もみんなアクシデントに過ぎないし、そこに意味とか考えても後付けの結果論にしかなんないから。だから、深く考えずに適当に生きればいいんだよ!」(「しないことリスト」pha)



スペイン旅行記でも少し書いたけれども、人間も他の動物と同じように、本質的には生まれて生きて死ぬだけだ。そこに意味はない。だって訳分からないうちに生まれてきて、年端も行かないうちに義務教育受けて、気がついたら大人になって働かないといけなくなってるし。よくよく考えたら意味が分からない。もともと意味が分からないのに分かろうとすることこそ、意味がない。ちょっと意味分からなくなってきたな。

で、生まれるのが終わって、今は生きている。だからあとは死ぬだけだ。残されたノルマ、死ぬだけ。
今生きているから、本来生きるのに必要なことって考えると、寝て飯食って風呂はいるくらいだ。あとはこれらをこなす為に必要なお金がいるだけ。

本来それ以外は無くても生きていける。後はやりたいようにやればいい。はずだが、色々なしがらみがあって、結局は社会生活を強いられることになる。